第29話 初めまして
おばけ会長さんに向かって、慌てて深く頭をさげる。体が半分に折れるくらい。
ピオッターのプロフィールから、女性なのはわかっていた。アイコンが可愛いおばけの絵で、たくさんの人達から慕われている重鎮って感じがしたから、元気な下町のおばちゃんをイメージしていた。
まさかこんなに素敵な女性だったなんて。
「あ、の、は……初めまして、私、フラワーです。いつも色々教えていただいてありがとうございます!」
ピオッターでアカウントを作ってから一ヶ月弱、まるで遠い世界の芸能人にでも会ったような気持ちだった。サブさんに会ったときは、ただひたすら怖かっただけだったけれども。
「サブがまったく教えてくれないから気になっていたんだけど、フラワーさんってこんなに可愛い女の子だったのね。そんなに畏まらなくてもいいわよ、私だってただのラーメン好きなおばちゃんなんだから」
細い指先を口元に当ててフフッと上品に笑う。
おばちゃんって、全然そんな風には見えない。
会社にいたら、みんなが憧れる素敵な上司という感じだった。
「折角だから他の子たちも紹介するわよ。サブ、連れてきて」
手をひらっと翻すと、サブさんが膝に手をつき大きな体を沈め光る頭をさげた。その様子はまるで任侠映画の姐さんに従う子分のようだった。
強面――と言うよりももはやマフィアなサブさんには似合いすぎていて逆に面白い。
まさか、おばけ会長さんって本職のお方――じゃないよね?
……まさか、ね?
サブさんが停まっている車に声をかけて回り引き連れてきたのは、土曜日の朝なのにキッチリ通勤用スーツでキメた眼鏡似合うおじさんと、マスコットキャラクターのように少しポチャッとしたかわいい系のそっくりな男性ふたり組、あとは白基調のブラウスにワインレッドのスカートを合わせた清楚系ファッションの日本人形みたいな黒髪ストレートの女性だった。
スーツのおじさんは直接お話をするのは始めてだけれども、お祭りで見かけてサブさんに教えてもらったからわかる。そして、ふたり組の男性の方は、間違いない。私はこのおふたりのことを知らないけれども知っている。
「ロンリー眼鏡さんと、神無月兄弟さんですよねっ! 私、フラワーです。いつも色々教えてくださってありがとうございます!」
照れたように笑う神無月兄弟と、上から下へ下から上へと私を見回すロンリーさん。ちょっと、ロンリーさんが……怖い。ピオッターでは社交的なのに実際は寡黙で、その視線で見つめられるとなぜか体を隠したくなる気がしてくる。
そんなロンリーさんのおでこを真っ白でしなやかな手でペチリと叩いて、私と彼の間に立つ黒髪の女性。
「こんにちは、フラワーさん。私はミカンというアカウント名で活動してます……」
「あーっ! は、初めましてっ! いつもピオッターのレポを参考にさせてもらっています!」
この人がみんなからミカン姐さんって呼ばれている女性なんだ。
外見はかわいい系なのに、この人もおばけ会長さんと同じような落ち着きと迫力がある。だから姐さんなのかな? どこかとっても不思議な感じだ。
ミカン姐さんはラー垢なのにラーメンよりもつけ麺率が高い人だ。今日のてんやわん屋の朝ラーなんて、ミカン姐さんにはホームみたいなものだろう。
初めて会ったお馴染みさん達。
思わず跳び上がってしまいそうなくらい嬉しかった。
会長さんを筆頭に、ここにいる人達はみんな、私がピオッターを始めて気になったアカウントをフォローしまくっていたときに、すぐにフォローを返してくれた人達だ。
右も左もよくわからないラーメンアカウント界隈で、色んなお店の並び方や食券の買い方なんかをアドバイスしてくれたり、そのお店のラーメンの特徴なんかを教えてくれたりもした。本当に親切な人達だ。
ロンリー眼鏡さんはお祭りで見かけただけ、神無月兄弟さんやミカン姐さんに関しては会うのも初めてだけれども、実は今まで何度かラーメン屋ですれ違っていたりもしている。
ピオッターのアカウント名だけでお互いに顔を知らないつき合いなので、自分が今まさにいるラーメン屋のピオが他のユーザーさんから上がっても、それを上げたのが誰なのかわからないからだ。
佐伯さんくらい物怖じしないコミュ力爆弾な子なら声かけることができるかもしれない。けれども、十中八九ほどの確証があっても私からは声をかけることができない。もし違ったらとかを考えてしまう。
でも、こうやって、会ったことがある人が紹介してくれるのならば確実だ。間違がいない。
ラーメンのようなそのジャンル専用アカウントで、しかも活動場所が愛知と限定されていれば、その世界は意外なほど狭いものだ。
有名所のラーメン屋に行けば誰かしらフォロワーさんがいる、なんてこともあり得る。現に私だってなんの気なしに会社帰りに寄ったラーメン屋で泉くんとバッタリしているわけだし。
……泉くんは、てんやわん屋の朝ラーにこないのかな?
会長さん、サブさん、紹介してもらったフォロワーさん、そして開店が近づいて集まってきたたくさんのお客さん達。
私がウェイターで順番を取ったあともお客さんは増えていた。
その中に泉くんの姿を探している、私がいた。
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