第28話 初訪麺!
「いらっしゃいませ、ウェイターで順番をお取りください」
大将がこちらを見ずに声をかけてくる。
私は小さく会釈だけして、お店に入ってすぐの、真正面に置かれたスタンド型の機械の画面をタッチした。すると、パッと画面が切り替わる。よし、予習通り。
現在の待ち組数九組。私は……十組目で十二番目だった。
国道の車通りも少ない土曜日の早朝、開店時間三十分以上前に着いたにも関わらず、まさかのこの順番。人気店は本当だった。
ウエイター画面の『順番受付する』をタッチすると受付人数の選択画面になる。そこでひとりを選択するとレシートのようなものが発券される。そこに順番がプリントされていて、下のQRコードをスマホで読み込むと、順番がきたら呼び出しされるという寸法だ。
ネットのウエイターシミュレーターで何度も練習しておいてよかった。
さて、と……順番は取ったしあとはスマホで呼ばれるのを待つだけなんだけれども、どうやって時間をつぶそう? ウェイターで順番を取ったから別に並んでいる必要もないし、それならまずは……
スマホを構えてお店の外観を撮影する。他にも看板とか、どこに食べに来ているのかわかる画像を何枚か撮影。
他のお客さん達が待っている車が入り込まないないよう細心の注意を払って。ガラスの写り込みも気をつけないと。プライバシー問題がややこしくなるから。
そのあとは、センタースタンドを立てたスクーターのシートを椅子代わりにピオッターを立ち上げる。
『てんやわん屋に初訪麺!』
ピオッターのラー垢界隈で使われているラオタ語でお店の画像を飾ってみる。
ラー垢の人達は、自分が来ているラーメン屋の画像をよくピオッターに上げている。私が今やったようにお店の外観だったり、他にも座ったあとで水の入ったグラスだったり。みんながみんな、決まった台詞があったりして面白い。
自分のピオがアップされると、今度は直近でみんなの最新ピオが流れてくる。
「あっ!」
おばけ会長さんが、来てる? てんやわん屋の看板の画像を上げている。三十分前だ。
ヤーブスさんも……おばけ会長さんがピオッターに上げた写真の隅っこにチラッと写り込んでいるのはヤーブスさんのハゲ――頭じゃないかな?
ヤーブスさんは、自分の順番がプリントされたウェイターのレシートも一緒にピオッターに上げていた。
三番目だって。三十分以上前に着いた私が十二番なのに、ヤーブスさんは一体何時に来たんだろう? あと、ロンリー眼鏡さんや神無月兄弟とか他にも……お祭りの時のようにてんやわん屋の朝ラーはフォロワーさんだらけだ。
あ、今日はミカン姐さんも来ている。これはお店の入り口の写真だ。
でもピオッターに上がってくるタイムラインの中に、今一番会ってみたいフォロワーの師範――営業中師範のあげたてんやわん屋と思われる写真はなかった。
営業中師範は……来ていないのかな?
泉くんの姿も見当たらない。てんやわん屋が好きって言っていたのに。
時間は七時三十五分。
一番の人がお店に入れるのが七時五十分で店内で待てる人数が六人だから、私はまだそのあとも外にいなければいけない。
お店の前でピオッターを見ているだけで三十分くらいの時間は苦にもならないから大丈夫。ラーメンを食べるようになる前は、お店の前でこんなに待つのが普通になるなんて思ってもみなかったな。
もしかしたら、私が待っている間に師範が来るかもしれないし。誰か新しいお客さんが来ないか気にしておかなきゃ……
「あら、フラワーちゃん、やっぱり来たのねぇ!」
聞き覚えのある声に振り返ると、そこにはスラッとしたベリーショートの年齢不詳の女性と一緒に、相変わらずマフィアみたいな格好をしたヤーブスさんが立っていた。今日はまだ早朝だからか、サングラスはしていなかった。それはそれで厳ついのだけれども。
「ヤーブスさん、おはようございます!」
「もうっ、私とフラワーちゃんの仲じゃないっ! サブでいいわよ、サブで!」
えっと、どんな仲かな? 私よりも佐伯さんの方が仲よくなっていた気がするけれども。
「じゃあお言葉に甘えて。お祭りのラーメンが美味しすぎたから、サブさんに言われた通りお店にも来ちゃいました!」
お世辞抜きに、あの丸鶏の醤油ラーメンは絶品だった。お祭り屋台で、あそこまでのクオリティのラーメンを出すお店のラーメンを、実際のお店で食べたかった。と言うのが半分の理由。残り半分は、いつも親切にしてくれるフォロワーさん達に会ってみたかったから。
「必ず来ると思ってたわよ、あんなに美味しそうに食べてたからね」
厳つい顔でバチコンッとウインクする。ちょっと――かなり気持ち悪いから今日もサングラスしていた方がいいのでは?
お祭りラーメンは六店舗制覇できなかったけれども、自分では丸っと三食、佐伯さんに一店舗分少しシェアしてもらって、合計四店舗分のラーメンを味わうことができた。
ラーメンの好みは人それぞれだから、どこのお店が人気だったのかはわからない。他のラーメン屋が美味しくなかったわけではないけれども、私にとってはてんやわん屋のラーメンが断トツに美味しかった……ちょっとそんな考え方が泉くんぽくって、思わずフフッと笑ってしまう。
私はヤーブス――サブさんの隣の女性を見ながら軽く会釈する。この人も、フォロワーさんかな?
髪が短く黒いワイドパンツに明るいグレーのジャケットを合わせたオフィスカジュアルのせいで遠目だと男性に見えるけれども、近くで見ればとってもハンサムな女性だった。格好いい。年配だと言われればそう思えもするし、若いと言われればそう見えなくもない不思議な雰囲気を醸し出している女性だった。
「フラワーちゃん、この人がおばけ会長よ」
「えーっ!?」
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