第23話 バッタリ!
チケットは買った。取りあえず、二枚。
連続で二杯なんて食べられるか不安だったけれども、お祭りのラーメンは使い捨てのプラ容器でお店で食べるラーメンよりも気持ち少なめらしい。それもピオッターでフォロワーさん達から教えてもらった。
お店の前でラーメンを受け取って歩いてくる人達の手元を見ると、確かに容器はお店のどんぶりほど大きくはない。昨年は一日で四杯食べた猛者もいたらしい。シェアして六杯食べた人とか。すごい。
いくらお店ほどの量じゃないと言っても、私は流石に六杯は食べられる気がしない。けれどもインターバルを置けばワンチャン……無理、かな? やっぱり。
チケット一枚はてんやわん屋として、あとの一枚はどのラーメンにしようかな?
どのお店のラーメンも魅力的すぎて断腸の思いで選ばないといけない。調子に乗って食べたら、それはそれで別の意味で断腸の思いになりそうだけれども
でも、その前に食べる場所だ。
テーブルは全部隙間なく埋まって……あ、あそこが空いて……ダメだ、テーブルにペットボトルのお茶が置いてある。
周りを見ると、テーブルで食べるのを諦めてコンクリートの仕切りの上に置いて食べている人や、縁石に座って食べている人もたくさんいる。しょうがない、私たちも……
「折角だから泉くんにも話を聞かせてもらおうっと!」
「は?」
私の意見も聞かずに佐伯さんが小走りで駆けていく。器用に人の流れを縫って。
わざわざ泉くんの所にまで行って、色々と何を聞きたいのやら? 私は別にやましいことはしていない。神に誓って。実家の神様が何なのかは知らないけれども。
泉くんとは本当にたまたまラーメン屋で会っただけだ。そのことを誰にも言わなかったのは、言えなかったから言わなかったんじゃない。
ハァと小さなため息ひとつ。こうなったら仕方がない。
ラーメンを持って慎重に歩いている人の邪魔にならないように佐伯さんを追いかける。すると、そこにはもう泉くんの姿はなかった。よかった。
でも、全身黒ずくめで真っ黒なサングラスをかけ、光り輝く頭の強面の外国人男性が、さっきまで泉くんがいた席でラーメンを上手に啜っていた。
その男性の風貌のせいか、さっきまでギチギチだった席が彼の回りだけぐるりと空いている。うん、当たり前だ。私でも座らない。
「ラッキーッ! すみません、相席いいですか?」
「ちょっ、佐伯さん……ひっ!?」
顔をガチガチに強ばらせて佐伯さんの服の裾を引っ張った途端、サングラスの隙間から外国人男性にギロリと睨まれて一瞬息が止まる。佐伯さんの服から慌てて手を引っ込める。
怖いのに、顔を背けられない。背けちゃいけない。ヤバい……目を逸らしたら間違いなく殺される。
「打木ちゃん、そんなに怖がらなくても大丈夫よ。遠路はるばる海外からやってきて、夢にまで見た日本のお祭りを楽しんでいるだけかもしれないじゃない」
「お生憎様、一宮在住よっ! どいつもこいつも、ホントに失礼しちゃうっ!」
誰? 今の絶妙に高くもなく低くもないヌルッとした感じのオネェ言葉は?
佐伯さんが目を丸くして外国人男性を凝視する。
え、まさか……
「寄ってたかって人を化け物を見るような目で見てっ! みんな私を避けるから、臭うのかと思っちゃったじゃないの!」
そう言うと、マフィアのような黒いジャケットのカラーを片手でグイッと持ち上げ、スンスンと寄せた鼻先を小さく動かす。
「う~ん、フレグランス」
電球のような頭をした強面の男性――オネェは満足そうにクイッと両肩を上げると、再びラーメンを啜り始めた。そして、サングラスの隙間から殺人鬼のような鋭い眼光で私たちを見あげて箸で空いた席を差す。
「座ったら? 折角空いてるんだから」
「あ、はい、ありがとうございます」
軽く会釈して空いた席に座る佐伯さんの隣に、恐るおそる私も腰を下ろした。
やっと座れたとは言え、まったく落ち着かない。周りの視線も、黒ずくめのオネェも。それなのに……
「打木ちゃん、先に買ってくるから荷物見ててね!」
ターコイズ色のショルダーバッグを椅子に置いて、佐伯さんがラーメン屋の屋台へ行ってしまう。ひとりで、私をこんなにも危険な場所に残して。
私の周りの空気がピシッと張り詰めている。動けば全身が傷だらけになりそうなくらい。
緊張で体がガチガチだ。ラーメンも食べたいけれども、一刻も早くここから立ち去りたい。お願い、早く帰ってきて、佐伯さん。
私の緊張を余所に、強面のオネェは大きな手で器を傾けスープを飲み干すと、テーブルに置いてあったスマホに指をスライドさせた。
「さてと、お次は……あらヤダ、会長だけじゃなくてミカン姐さんも来れないのぉ?」
「えっ!?」
思わず大きな声が出てしまった。だって、いつも目にしている言葉が見知らぬ外国人の口から出たから。
いや、多分知っている。私はきっとよく知っている。この日本在住の外国人を。しゃべり方がピオとまったく同じじゃないか。でも、まさか……
「あの……つかぬ事をお伺いしますけど、貴方はヤーブス=アーカさんではないでしょうか?」
「ええ、そうよ? 貴方は、えっと……」
「フラワーですっ! 最近ピオッターを始めたばかりで皆さんに色々と教えてもらっている……」
「あらヤダっ! フラワーちゃんってこんなに可愛い女の子だったのねっ!」
破顔する強面。フォロワーさんだとわかってなお、見た目の恐怖が増す。
プロフィールに女性って書いてあったからずっとそうだとばかり思っていたけれども、外見がこんなにもマフィアのようでガチムチなオネェだったなんて誰が想像できるだろうか。そもそも女性じゃない! 心までは知らないけれども。
見た目と言葉のギャップがマリアナ海溝とエベレストくらい離れている。
「ピオッターではいつもありがとうございます! 私、まだラーメン屋巡りを始めたばかりで……」
やった、初めてフォロワーさんに会えた。
そうとわかれば、この空いていた席はラッキーだ。ありがとう、強面オネェのヤーブス=アーカさん!
私はテーブルの下でグッと拳を握った。
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