第24話 中華鍋と包丁を持った料理人のおじさん
ヤーブス=アーカさんは外見はちょっと――だいぶ近寄りがたいけれども、ピオッターではとってもフレンドリーな人で、色々なフォロワーさんを私に紹介してくれた人でもある。
その濃さは差し詰め、豚一頭を使用した特濃とんこつラーメン――いや、レンゲが直立するセメント煮干しラーメンと言ったところだろうか?
「フラワーちゃんは他の人達には会えたかしら? ほら、その街路樹の横に見える縁石に座って女の子連れの家族を見ている眼鏡をかけたサラリーマン風のおっさんが……」
「あっ、もしかしてロンリー眼鏡さんですか!?」
「正解~! あとは、中華そば
「お子さんがふたりってことは、ホッケー駒スクさんっ! へぇ、意外。もっとワイルドなお父さんかと……」
「違うわ。奥さんの方よ、ホッケーちゃんは」
「えーっ!? ホッケー駒スクさんって、女性だったんですか!? あんなにやさしそうな!? ピオッターのアイコンからホッケーマスクを被っているイメージしかなかった」
「フラワーちゃん、面白いわー! そんなの、捕まっちゃうじゃない! あ、チケット売場に並んどる頭ひとつ飛び出たのが小隊長殿で、神無月兄弟と黒猫ちゃんもどこかに……」
ヤーブス=アーカさんが辺りをキョロキョロと睨みつける。その鋭い眼光はデフォルトなのか。誰も寄りつかないわけだ。
話すとやっぱりピオッターのヤーブス=アーカさんと同じでとてもいい人っぽいけど、知らなければまず話すという行動は取らない。だって、拐われて海外に売り飛ばされそうだもの。
それにしても、こんなにたくさんのフォロワーさんがこのラーメン小路に来ていたなんて。
でも、それもそうか。私は今日しか来ていないけれども、春祭りのラーメン小路は昨日と今日だけだから、ラー垢の人達は、私のフォロワーさんもそうでない人達もこぞってここにラーメンを食べに来て当たり前だ。お祭りの二日間しか食べられない限定メニューなんだから。私もそれ目当てで初めてお祭りに来ているんだし。
「そうそう、さっきまで師範もいたのよぉ?」
「師範っ!? 師範って、営業中師範さんですか!?」
「私にとって営業中師範以外の師範って言ったら女子大小路のゲーバーのママしかいないけど……紹介してほしい?」
いやいやいや……もぎ取れてしまいそうなほど激しく首を振る。
そっち方面の人生経験は今のところ必要としていない……いらないっ! 第一、オネェの師範って何の師範よ!
ヤーブス=アーカさんは握ったごつい拳で口元を隠しクスクスと笑う。会ったばかりで大変失礼だとは思うけれども、ごめんなさいちょっと気持ち悪い。口にしなければいいよね?
私は思わず立ち上がって、相変わらず人がいっぱいの会場をキョロキョロと見回していた。
どこにいるんだろう? 私の身長だと辺りを満遍なく見回すにはあと10cm足りない。佐伯さんくらい、ううんもっとヤーブス=アーカさんくらいあれば見つけられるかもしれないのに。
たくさんのフォロワーさんの中で、他の誰よりも、ヤーブス=アーカさんよりも、ましてやおばけ会長さんよりも、私が一番会ってみたいフォロワーさんが営業中師範さんだ。
肉――主にチャーシューが苦手なおばけ会長さんは、好みのラーメンのジャンルは狭いけれどもこの界隈では古参で、色んなことを教えてくれるとてもいい人だ。
たとえるなら、あっさり系のなのにやさしい旨味が溢れ、どんなトッピングもよく合う醤油ラーメン。
ピオッターを見ていると、おばけ会長さんは社交的でよく他のフォロワーさんと一緒にラーメンを食べに行っているみたい。特にヤーブス・アーカさんと一緒にラー活することが多く、二、三日前にも一緒にラーメンを食べに行っていたと思う。
逆に営業中師範さんは一匹狼。私がピオッターを見た限りでは、ラーメン屋でフォロワーさんとバッタリすることはあっても誰かと一緒に出かけたというピオは見かけたことはなかった。
孤高の存在でピオッターではみんなに好かれていて、決して派手ではないけれども体に染み渡る清湯系白醤油ラーメンのイメージ。
ひとりだからなのか、とにかくフットワークが軽くて東へ西へ南へ北へ、まるで獲物を狙うが如く限定ラーメンを食べて回っているイメージがある。
一体どこで得ているのかわからないけれども、営業中師範さんはとにかくラーメン屋やラーメンに関する情報量が多い。限定ラーメンを見逃さない。
そう言えば、私が佐々樹に行った翌日くらいに、泉くんが食べていたあの賄いラーメンもピオッターに上げていた。そのまた数日後には、賄いラーメンの味噌バージョンまで。
賄いラーメンの情報は私がピオッターを見落としていただけだけれども、その味噌バージョンなんて改めてどこを探しても見つからなかった。中華そば佐々樹の公式アカウントですら。それなのに、なんでそんなメニューを食べられるのか、営業中師範さんに直接聞いてみたいと思っていた。
お祭りに行くとは言っていたけれども、同じ時間帯――さっきまで営業中師範さんがここにいたなんて。
確かにフォロワーのみんなが集まるラーメン小路ならば、もしかしたら営業中師範にも会えるかもしれない、なんて淡い期待を抱いていた。
けれどもそれも、どんな人なのか知らなければ、すれ違いにもならないという事実。
「どうしたの、フラワーちゃん? そんなに目を血走らせて、みんな怖がってるわよ?」
周りの人達が怖がってるのは私じゃなくて、貴方ですからっ!
「あ、いや、師範さんってどんな人なのかなって……」
ピオッターのアイコンは中華鍋と包丁を持った料理人のおじさんだ。師範もそんな感じの頑固そうなおじ様なのかな?
ヤーブス・アーカさんが目を瞬かせて頬をつるりと撫でる。
まるでマフィアか悪役プロレスラーみたいな風体で仕草が女性って、もの凄くしっくりこない。
「師範? いい男の子ね。イケメンの……」
男の、子……なの?
イメージがガラガラと音を立てて崩れ落ちた。いぶし銀なおじさまだと思っていたのに……いや、別におじさまが好きってわけではないんだけれども、包容力がありそうな感じがしたから年上だとばかり。
そこへラーメンを両手で抱えた佐伯さんが戻ってくる。
「お待たせー! あれ? 打木ちゃん、どうしたの? 握りつぶした饅頭みたいな顔をして……?」
どんな顔よ、それっ!
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