第五章 丸鶏の醤油ラーメン お祭り盛り
第19話 初めての人
カタカタカタカタ……
テレビはつけていない。音楽も今は必要ない。
静まりかえった部屋にキーボードの打鍵音だけがリズミカルに続いている。
私はベッドに寄りかかり、こたつテーブルに置いたノートパソコンに軽快に指を弾ませ、検索窓にキーワードを入力してエンターキーに指を落とす。
すると、パッと画面が切り替わる。
「あ、あった。本当だった」
今日の会社帰りに寄ったラーメン屋――中華そば佐々樹のピオッター公式アカウントに、泉くんの食べた賄いメニューの呟きがあった。二週間前――ゴールデンウイークが明けたばかりの頃に。私がまだラーメン嫌いだった頃だ。
ピオッターの新しいアカウントは作ったばかり。大学の頃にアカウントを持っていたとは言え、使いこなしていたわけではない。だから今も、使いこなせているわけがない。
以前は知り合いの呟きを見るくらいだったピオッターを今は情報収集に使おうとしているのに、勉強不足だった。まさか、限定の裏メニューがあったなんて。
リアルタイム情報が知れて満足しきっていた落とし穴。まだラーメンを食べ始めたばかりの私には、過去の情報だって重要だった。
メニューを先に見せてくれたりお水を入れてくれたり、サイドメニューやトッピングを教えてくれたり、今まで持っていた泉くんのイメージと違うなと思ったけれども、泉くんはやっぱり泉くんだった。
私がちょっと不貞腐れて「先に教えてくれればよかったのに」って言ったら、涼しい顔をして「限定を食べにきたんですよね?」だって。
そうだよ。確かにそうだけれども。選択肢は少ないより多い方がさらにいいと思う。人はより価値の高いものを好む傾向があるのだから。
でも、限定のラーメンだってとっても美味しかった。
まるでアサリの旨味を凝縮したようなとってもやさしい塩スープがジンッと身体中に染み渡り、食べている時はあまりの美味しさにいつしか胸を蝕んでいた暗いモヤモヤのことをすっかり忘れてしまっていた。
まるでシルクのような細麺はツルツルでまるで飲み物のように喉を通っていった。細いのに腰があって、でもパツパツ噛み切れないしなやかさもあって。
佐々樹の麺は自家製麺らしい。
そう言えば、ラーメン屋をめぐるようになって気づいたけれども、最近のラーメンは本当に麺の種類が多様だ。私が行ったまだ何軒かのラーメン屋だけでも、太さも違えば色も歯ごたえもみんな違う。
ピオッターで誰かが呟いていたけれども、愛知――東海地方のラーメン屋はとにかく自家製麺が多いらしい。それだけ麺に拘りを持つラーメン屋が多いということか。
食べに行く私たちからすれば嬉しくもあり、そして悲しくもある。なぜなら、自家製麺が故に食べに行きたいお店の選択肢がさらに増え、どこに行こうか常に悩まなければいけないから。ラーメンの売りは、麺のウエイトがとても大きい。つけ麺に至ってはさらにだ。
佐々樹もそういったお店の内の一軒だった。
そしてなにより、今日食べたラーメンの、あの三河産のアサリだ。大きな身がプリップリでジューシーで、こんなに美味しいアサリを今まで食べたことはないし、スーパーでも中々手に入るものではない。
どうなっているのか、ラーメン業界!
今まで普通に暮らしてきて、記念日なんか家族でちょっと贅沢な外食にも行ったし、大学生になってからは友達と食事会なんかもしてきた。
今ではひとりで出かけることがほとんどだけれども、それなりに色々なものを食べてきたつもりだ。それなのに、ラーメンで初めて食べるものが多すぎる。
今日のアサリしかり、昨日の鮎しかり。その内、鮪の大トロの刺身がのったラーメンが出てきてもおかしくはない……言いすぎた。さすがにそれはないか。
スープに拘り、麺に拘り、素材に拘る。ラーメンの世界は食べ歩くだけしかできない私が見ても、知れば知るほど奥が深い。
「これでよしっ、と!」
指先でターンとエンターキーを叩く。
折角ピオッターを始めたのだから、フォローしているラー垢のみんなのように、食べたラーメンを記録がてら上げておこうと思い、実際に昨日からやってみた。
ラーメン全体が写った写真と、ピックアップしたいところのアップ。昨日のラーメンなら鮎の天ぷらで今日はアサリ、と言った感じで。あとは店名とメニュー名、頼んだサイドメニューも。要するに、そのお店で食べたもの全部の記録であり、フォロワーさんへ向けての紹介でもある。
ラーメンレポをピオッターにあげたあと、フォローしているアカウントの呟き――ピオを見ていると、ベルの形をしたアイコンの上に数字がパッと現れる。
あ、イイねがついた。あ、また。
フォロワーさんだけじゃなく、何人ものラー垢さん達が私のレポにイイねで反応してくれる。時にはリピートして、自分のピオで私のレポを紹介してくれる人もいて、まだピオッターを始めたばかりなのに、鮎焼干しそばのレポなんか三十イイねを超えてビックリした。
ピオッター初心者の私が30イイねってすごくない?
もっとも、私のフォローしている人たちがラーメン画像をアップすれば三桁イイねにもなるのだけれども。
おばけ会長さんやヤーブス=アーカさん、ロンリー眼鏡さんも、だ。本当にすごい。
入れ替わり立ち替わりアップされたみんなのラーメンの画像で私のピオッターは埋め尽くされている。色々な意味で苦しい。
その中でもやっぱり一番気になるアカウントは営業中師範さん。
私の初めての、人……
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