第10話 日本のラーメン屋総数

 美味しかった。

 昨日食べた清んだ琥珀色のスープよりも、えっと、どう言ったらいいんだろう? ものすごくワイルドな感じのスープだった。なんだワイルドって……ラーメンの知識が幼児並みの私の乏しい表現力ではこれが精いっぱい。

 ラーメンを食べてお店を出たあと、アパートに帰らずにそのまま名古屋を目指して、途中の喫茶店に入った私は、コーヒーだけ頼むとすぐにスマホで色々と調べてみた。

 看板では博多とんこつと謳っていたあのお店は、名古屋が本社の東海地方だけのチェーン店らしい。本社でとんこつって。でも、食べランのレビューでは美味しいと評判のお店だった。

 とんこつラーメンは麺の固さが選べるお店が多くて、やわらかい麺――から普通、バリカタ、はりがねと固くなって、一番固い生まで……生!? 生の麺が入ってるの!? 衝撃的な世界だ。生の麺を頼む人がいるなんて。普通でも少し固めかな? って思ったのに。

 さっき食べたラーメンが所謂とんこつラーメンの基本みたい。なんて、そんなことは表立っては言えないけれども。元彼のようなラオタに聞かれたら、素人がわかったようなこと言うんじゃねぇ! って怒られるかもしれないし。

 大きなマグカップのコーヒーをひとくち、テーブルに置いたスマホの上で指をスライドさせる。

 午後一時をすぎた店内は、まだ遅めの昼食を食べるお客さんで賑やかだ。

 コーヒー一杯であまりゆっくりしているとお店に迷惑かけるのでさっと調べて出かけよう。

 目指すは次! 新しいラーメン屋!

 昨日の夜と今日のお昼に食べたラーメンは、音楽のジャンルで言ったらクラシックとロックンロールくらい違った。……ごめんなさい、音楽もよくわからずに言いました。要するに、全然違う種類のラーメンだった。

 いくら知識が乏しい私でも、ラーメンの味がいくつかに分かれていることくらいは知っている。ラーメン嫌いになる前はたまに食べていたんだよ。年に三回くらいは。

 ラーメンのスープは大きく醤油、塩、味噌の三種類にわけられる。その中でも色々と細かく分かれるみたいだけど、実際に食べてみないとよくわからないから、今は考えないでおく。

 昨日食べたのが醤油ラーメン。今日食べたのはとんこつ……なんだけれどもカテゴリはどれになるのかな?

 券売機には私が買ったとんこつラーメンの他に塩とんこつ、味噌とんこつ、四川とあった。四川が字面から見ても辛いラーメンだとするなら、じゃあ残るは醤油? 醤油……醤油なのかなぁ? とにかく、とんこつラーメンだけを上げても色々な味に分かれる。ラーメンの味は千差万別だ。

 それに、昨晩寝る前にラーメンを調べていて、ものすごいことを知ってしまった。

 ネットの情報によると、ラーメン屋は専門店だけで全国で三万軒以上あるみたい。

 チェーン店の数だけで比べてもラーメン屋は七千軒と他のジャンルを大きく引き離していた。さらに、ラーメンが食べられるファミレスや町中華を足すと、なんと二十万軒にもなるそうだ。

 もう数が多すぎて、どれくらいすごいのかよくわからなかった。

 確かに調べてみればこんなにもラーメン屋があったのかとビックリしたし、テレビでもよく特別番組が組まれていた気がする。その時はすぐに放送を変えちゃったけれども。

 そこで、さっき食べた博多とんこつラーメンだ。

 私はまだ、やっと昨日ラーメンを食べるようになったばかりで、どのお店でどんなラーメンが食べられるのか知らない。

 その点、元彼はどうだろう?

 昨日話した限りでは泉くん曰く、元彼はとのことだけれども、少なくともあちこちのラーメン屋へ行っていた自称ラオタなのだから私よりもずっとラーメン屋もラーメンも知っている。

 それは、泉くんだってしかりだ。美味しいラーメン屋を教えてはくれないけれども絶対にたくさんのラーメン屋を知っている。

 私と彼らの間にある差は経験と知識だ。

 あんなことがある前は、元彼に色々なお店の話を聞かされていた。よく覚えていないけれども。

 性格や態度はともかく、何日も何ヶ月も、それこそ何年も好きなラーメンを食べてきたんだ。

 泉くんも年間四百杯食べるらしいと佐伯さんから聞いた。一年間にそれだけ食べ歩けばそれは色々なお店を知っていてもおかしくはない。

 そう考えると、私はなんの努力もせずに泉くんの経験を分けてほしいと言ったわけだ。あんな大見得切ったくせに考えがアマかった。泉くんに即バッサリと切られてもしょうがない。と、少しだけ反省。

 だったら、泉くんに鼻で笑われないように、色々なお店を自分で探して食べに行けばいい。こんなにもラーメン屋があるのだから、きっと美味しいラーメン屋だってすぐに見つけられる、はず。

 そうと決まれば……マグカップに残っているコーヒーを飲み干して、小皿にのったナッツの小袋とスマホをバッグへ入れると意気揚々と立ち上がる。

 待っていろ、美味しいラーメン屋! ラーメン初心者だからってナメんなよ!

 私はやればできる子なんだ。今までやってこなかっただけで。

 お店のレジの所にある時計は一時半を回ったところだ。さっきのお店でご飯やサイドメニューを食べなかったおかげで、もう一杯のラーメンくらいならお腹に入る余裕はある。

 その後に久しぶりに夜までショッピングなんかしちゃって、晩ご飯もラーメンを食べれば今日一日で三杯。明日も今日と同じように食べれば六店は新規開拓できる。

 今日明日で美味しいラーメン屋を見つけて、月曜日に会社へ行ったら泉くんに言ってやるんだ。「美味しいラーメン屋を見つけたから教えてあげようか?」って。

 見てろよ、泉くん。その生意気な鼻をへし折ってやるんだから!

 本日のラーメン――

 とんこつラーメン全部のせ……九百八十円。

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