第17話 お見送り


「……サクラさん。もしよかったら、本当に俺と……街で暮らしませんか? あ、いえ一緒に住もうとかそういうんではなくてですね。その……なんというか、森の暮らしはやはり大変だと思うんです。だから、その、街で暮らせば、いろいろと楽しいと思いますし、便利だと思うんですよ。もしなにかしがらみがあるんなら、俺がなんとかします。俺が協力しますから……! 俺、いろいろ伝手もあるんです」


 ヴィルの気持ちはうれしかった。

 この世界の男性の普通の感覚的に、「若い女性が一人で森の中で大変な暮らしをしている」というのを放っておけないのだろう。

 その価値観は、わかるし、まっとうだと思う。


 心配してくれているんだろうな、ってのがわかる。

 ヴィルはほんとうに優しい人なんだろうな。

 でもだからこそ、迷惑はかけられない。


 たしかに、街にはここよりも面白いことがたくさんあるのかもしれない。

 きっと街での暮らしは楽しいだろう。

 近くにヴィルやノルンちゃんがいて、毎日会いにいけたら楽しいに違いない。


 だけど、私には七日に一度のゾンビ襲撃がある。

 それがある以上、街に定住するわけにはいかない。

 それにまた、ノルンちゃんのときみたいに、巻き込んでしまうかもしれない。

 私は、それが怖い。

 私に親切にしてくれた人を危険な目に合わせるのは、嫌だ。


 私は、この森に降り立った瞬間から、決めていたのだ。

 この森で、生きていくと。


「ヴィルさん……ありがとうございます。気持ちは、本当にうれしいです」

「サクラさん……」

「でも私、けっこう気にいっているんですよ。今の暮らし。この不便でちょっと怖くて、さみしい、けれどもどこかあったかい、幸せな暮らしをね」

「サクラさん……。わかりました。そうまでいうなら、止めません。サクラさんは、自立した、強い女性なんですね……」

「うん、ごめんね」

「いえ、本当は、僕がこの森に引っ越してきて、サクラさんのお手伝いをしたいくらいなんですけどね……。でも、僕には街を離れられない理由があるんです……」

 

「あはは……それ一緒に住もうって言ってませんか? やっぱり口説いているんじゃないですか?」

「……か、かもですね……あはは……」

「でも、またいつでも遊びに来て下さい。ヴィルさんはもう、大事なお友達ですから」

「はい、絶対にまた来ます。お礼もしたいですし。僕も、サクラさんはお友達だと思ってます!」

「だったら、名前、呼び捨てにしません? お友達なんですし」

「そ、そうですね。じゃあ、敬語もなしで」


「うん、そうしよう。じゃあ、よろしくね、ヴィル」

「よ、よろしく……サクラ……」

「ふふ、なんだか恥ずかしいですね……」

「う、うん……ちょっとね……」


 まだまだぎこちないけど、こうして私たちはお友達になった。

 そして、また会う約束をした。

 お昼を過ぎて、そろそろヴィルは家に帰ることになった。

 森にいったきり帰ってこないと、家族も心配しているだろうしね。


 ヴィルは街を離れられない理由があるっていってたけど、なんなんだろう。

 お仕事とか、家族とかそういうことかな。

 ヴィルにもヴィルの生活があるんだ。

 私はさみしくなっちゃうけど、またあの穏やかな暮らしに戻ろう。


 家の前で、ヴィルを見送る。


「じゃあ、サクラ。本当にありがとう。君は命の恩人だ。絶対にまたお礼をしにくるから!」

「うん、いつでも遊びにきてね!」

「ワンワンー!」

 

 シャルも名残惜しそうに、ヴィルに吠える。

 ヴィルが森の中に入っていき、私も家の中に戻ろうとしたそのときだ――。


 ――ドドドドドドドドド。

 ――ザザッ!


 草葉の影から、急に大きな生き物が現れた。

 それは、2メートルほどもある熊だった。

 もしかして、ハングリーベア……!?


 そして、ハングリーベアは一直線に、ヴィルに襲い掛かった!


「ヴィル……!!!!」

 

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