第37話 クズ、勝手に火蓋を切る


「……子らよ、人間たちとは争うな。下がるぞよ」


 女王の下知で一斉に軍が止まり、草原との境から距離を取る。

 一方、冒険者たちはパーティごとにかたまりつつ、アリたちを刺激しないよう慎重に歩み寄る。それぞれ戦闘時の邪魔を避けるため、適度な距離を保ちながら位置を調整している。


「なんて光景だよ、こいつらが一気に攻めてきたら……」

「待て、整列したまま止まっているぞ。これは狂潮きょうちょうじゃない、軍事演習の可能性がある。……だとしたらあのハグレはなんで出てきた?」


 一人だけ冷静な奴が違和感を覚えたっぽい。


「演習……? 確かに狂潮ならレッドアント以外の魔獣もいないとおかしい。いやだけど演習なら荒野の真ん中でやってるはずだろ。誰かクイーンを刺激した馬鹿がいるんじゃないのか?」

「おっ、俺たちを見んじゃねえよ!」

「オレらだってこの階層のタブーは侵さねえ! んだよオレらが新顔だからって決めつけてんじゃねえよ!」

「なんだ、その口の利き方は……調子に乗るなよ、若造」


 冒険者パーティ間に不和が発生。

 人間見た目が9割だし、チンピラやDQNドキュンの格好をするだけで有罪だ。


「やめろっ! 敵を見誤るな」

「……チッ! なんにせよ、しばらく様子見だ」


 一際存在感のあるおっさんの声で、冒険者たちの意識がアリに戻る。

 いやいやいや……おっさんの統率力の高さのせいで、このままにらみ合いで終わられると困るのよ。


『静かなチンピラとかチンピラ以下だ、俺が手伝ってやるからもっと騒げぇ! 【影糸】――』


 歯をぎりぎりさせているチンピラの口元まで影糸を伸ばすのよーん。


「……んぶっ!? 『おいおい、先輩たちビビってんのかぁ? アリごとき俺らでもやれるってんだ、さっさとろうぜぇ!』……もががっ!?」


 チンピラの口から影真似やったら、すぐに周囲に取り押さえられた。


「おい、やめろって! すみませんね、コイツ血の気が多くって、へへへ」


 チンピラ仲間が卑屈な笑いで、ベテランたちの冷たい視線に耐える。


「……警戒の邪魔をするなら帰れ」


「もが! 俺じゃな――むぐぅ!?」

「へい、すみません! おい、暴れるなって!」

「いやぁさあせん、さあせん、えっへへ……」


 ベテランの低音ボイスと圧に負けたチンピラ仲間たちは、冤罪中のチンピラを引きずって後退する。


「……全体、さらに下がるぞえ」


 カチンと顎を鳴らして、女王が地上に指示を送る。

 一触即発ラインからお互いに距離を置きつつも、にらみ合いは続く。


「へいへい、魔影にはイキッてたくせに人間たちにはビビってりゅー? それでも4階層の主かー?」

「黙るぞよ。……彼奴きゃつらの強さは千差万別、相手をするのが煩わしいだけぞえ。数も多いゆえ、の子らを無駄に消費させたくないぞえ」


 我が子なのに〝消費〟とか言ってて毒親感ヤバない!?


「あーはいはい、泥沼の消耗戦は避けたい感じ? だったら俺のやることは一つ! お前の嫌がることを全力でやるぅ!!」


 人間たちから見えないように最前列のレッドアントたちの背後にある影から影人形シャドーを出す。

 大きく腕を広げ、胸を張り、足を肩幅に開き……アクションも大変だ。


「――【影糸】ッ! からのぉ、あッ新技登場~【影傀儡カゲクグツ】ゥ!!」


 片足を一歩前に踏み出して、顔を少し上向きにしつつギロリと目の前のアリの尻を睨む。

 見得のポーズ完成! 突き出した手の先から影糸を伸ばして、アリの四肢、頭部に絡める。


 ――ギ、ギ、ギ……!


 はい、抵抗しない。頭を上に向けさせて、上顎、下顎を無理やりオープン。

 ちょっとお口の中、失礼しますよ。どこだ? ……あったよ、これこれ! 毒腺をギュッっとね。


「3、2、1、ファイヤー!!」


 ――ギシャァァアアッ!!


 一匹のアリとはいえ、俺が限界まで搾り上げた毒腺から強酸が勢いよく飛び出す。黄色い雨が弧を描きながら冒険者たちの頭上に降り注ぐ。

 それ、右向いてブシャー、左向いてブシャー、影糸を増やして近くのアリどもも【影傀儡】で酸の雨を降らし続ける。


「うぎゃぁあぁぁ!」

「ひっぅあ゛ァ……」

「アヅゥいぃ。助けてぇ」


 角度と追い風のおかげで、後退しているチンピラ冒険者たちにまでお届けできた。


「くそっ! 全員構えろっ! アリ狩りに慣れてない奴らはいったん下がれぇッ!!」

「――【聖霊たちよ、みなの血肉を宿り木に、才を開け――ハイパワーアップ】!!」


 警戒していたベテランたちは、盾や魔力で覆った薄い膜を展開して、降りかかる強酸を防ぎ、さらにそのまま剣を抜き、杖をかまえてアリたちを見据える。少しは油断してくれよ。

 しかも、グリガネンが使ったしょっぱいパワーアップの上位? 魔法陣が空に浮かび、陣の中にいる冒険者たちの体が薄く光らせる。範囲強化か、すげえな。


「な、なんということ……」


「はっはー! お前のお子様は俺の【影傀儡カゲクグツ】で支配した! かくして、4階層のアリと人間たちの争いの火ぶたは切られたー! 無能を蔑んだ魔影に追いつめられて最期は潰されてころりんだぜぇ」


 俺にメリットしかない嫌がらせとか最&高!


「ひぃー!」

「お、応援を呼んでくる!」

「ま゛ってぇ……」


 チンピラ冒険者たちは、ベテランの指示をこれ幸いにアリから尻を向けて逃げ始めた。

 このまま5階層から援軍を呼ばれても面倒だし、ポータル直前に魔空で回収しておこうか。 どうせハズレスキルだろうけど経験値は美味いはず。


「くそが、マジでどうなってんだよ。今までクイーンがここまで好戦的になったことはあったか!?」

「意味がわかんねぇ、話が違うぞ。こんなに危険ならポータル警護のクエストなんて受けてねぇっての!」


 静かな4階層で、非アクティヴなアリたちがうっかりポータルに来ないかを見張るだけの簡単なお仕事だったのに残念だったな、今回はハズレだ。


「うるせえ! 考察も泣き言もあとにしろ! 今はとにかく酸が届かないところまで一度下がれ!」

「C級パーティは〝マルシスの蒼炎〟〝水の癒し手〟〝光の剣輝団〟だけか、B級以上は来てないのかよ!」

「おい、いいから集中しろ。さっきのハグレが斥候だったんなら、どっから出てきてもおかしく――うおっ! 【パワースラッシュ】! ……ないぞ、警戒しろぉ!! パーティ同士、円になって死角をつぶせぇ!!」


 アリを草原に直送したら、アリソクザンされた。

 手紙を読まずに食べる黒ヤギさんかよ。なら食べきれないほど送りつけるのが迷惑手紙の流儀!


『ほらほら前がつっかえて進めないみたいだし、後ろの列からどんどん前線に送ってやるよ、ゴーゴーゴー!!』


 ――キチチッ!?


「どんどん出てくるぞ、油断するなよ!」

「巣穴を探せ、このままだと陣形が維持できないぞ!」

「んな暇あるかよぉ! くっそ、逃げろぉおおおお……――」


 【頑強】【剣術+1】をゲット!

 どさくさで冒険者をハントするためにも、もっと色んなところにアリを影移動させていこう。


「もうやめだ! こんな化け物たちとなんか戦ってられるか、俺は抜けるぜ。あばよぉぉぉってなんじゃこのあなぁぁぁ……――」

「なんだよこりゃ! やっぱり誰かタブーを侵しただろ!? っておい、ラグの奴はどこ行った!?」

「くっそ、やったらぁ!」


 戦線が乱れ、陣形は崩壊。

 大混乱ですなぁ……さらにお一人様を魔空にご招待。

 スキルは【逃げ足】【挑発】か、なんかそれっぽいわ。


「慌てるなっ! 蒼炎の奴らを中心に陣形を組め! こっちに入り込んだレッドアントから先に片づけろ!」

大盾職タンクは前に並べ! 【障壁】系を唱えられる奴らはタンクの前方に展開! 攻撃魔法を使える奴らは焼き払え! あいつらは火に弱いぞ!」

「いいかっ! ファスンの奴らはポータルを守れ! 回復職ヒーラーは〝水の癒し手〟の指示に従って治療所を設置しろ!」


 ベテラン冒険者たちはさすがの対応といったところか、C級パーティのリーダーたちを中心に、D級パーティが隊列を組み、アリたちがポータルまで行かないように陣形を整えていく。

 まあアリたちがポータルに行く気はないのだけど。


「どうする? 〝炎の誓い〟も戦いに混ざるか?」

『ぼっ僕たちは……E級なので』

『やだなぁシェイドの兄貴、冗談きちぃっす!』

『キ……ムリィ』


 この〝冒険〟しない冒険者たちめ! 炎の誓いに無茶ぶりしている間も戦況は動く。


 態勢を整えた冒険者たちが気勢を上げると、アリたちも顎を打ち鳴らして応える。

 女王の命に忠実なアリたちも、草原で冒険者の攻撃を受けてまで大人しくする理由はない。

 あともう一押しか。

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