第36話 クズ、(見知らぬ)味方を呼ぶ

『はあ……はあ……シェイド、もうむり、です』


『わぅ……、わぅ……、わぅ……』


 アンジェの吐く息は重く、肩を上下に動かしながら吐き出した細いギブアップの声。

 最初はびびりながらひっかいたり、噛みついたりしていたヨルも、今は瞳になんの感情も映さず、てしてしと前脚でアリの頭を踏みつけるプレス機械のようになっている。


『数が多すぎて処理する側が疲れちゃったか。いやたしかに全然減らないな兵隊……』


 無限に近いレッドアントの大軍。俺対数万のアリ? 俺が倒し、アンジェが倒し……百匹もやってないな、これ終わらないぞ。


和名:旅鼠たちレミングスのデスマーチにしかならないけど、だいぶ飽きてきた』


 実のところ、集団移動中に数匹の個体が川に落ちるのを見た当時の現地人が『れ、レミングたちが集団で川に飛び込んでるべェ!』と勘違いしただけらしい諸説あり。


 処理が追いつかないし、ゲストルームその1の人間たちに手伝わせよう。

 ほら、おすそ分けだぞー。ポイポイッと。


『『『――ッ! ――!!』』』


 近くに落としたら早速リーダー格が反応した。

 気配察知みたいなスキルを持っているのかも。


『……うわ、食うのかそれ』


 人間のたくましさを見た。

 『空腹は最高の調味料』と昔の人が言っていたし、魔獣といえど見た目はアリ。酸っぱい超えて溶かされそうな旨味が……ある?


『――ッ!!』


 あ、魔物食った奴の魔力が上がったっぽい。まだ生きてたのか……レベルアップおめ。

 このまま強くなってスキルを一つでも多く覚えてくれたら、俺が吸収するときに経験値ウマーになるし、応援してるぞ養分たち。


『あ、そうだ。グリガネンたちに素材を渡す話をしてたな。ほい、ここに置いておくから好きなだけ選べ』


 〝炎の誓い〟のいるゲストルームその2に、アリの死骸をどっさり。

 刻みすぎて使えない素材は吸収して魔素にリサイクル。


『うう……前が、エンヤとプリンは先に選別を頼む。僕はメガネを……』


 まだヨルのよだれに苦戦してたんかい!

 

『減らないアリ、増える魔素。アリどもは俺の居場所に酸をかけて追いつめているつもりだろうけど、実は魔核コアを纏う魔力体の強化をしているだけというね、どっちが無能なんだか』


 今のうちに大樹の裏にあるポータルを特定させておくか。女王たちにバレないように手つかずの北東コースから大樹を目指す。

 北東の深い森を越えると草原地帯があり、目印の大樹、その先に――あった。


 テントが複数、冒険者たちがパーティごとに飯を食ってたり、訓練してたり、賭博してたりと自由にたむろってる。いや、警戒心はどこだよ。


「ちょっと多いなぁ……」


 目の前のレッドアントたちも多いけど、冒険者たちも5階層ポータルを守るためなのか結構な人数だ。集落ができていないだけで、防御力は高そうだな。


「ほほっ今さら後悔しても遅いぞえ。はそなたの魔素を


 ――キチキチ……

 ――チチチッ!

 ――カチカチカチ


『シェイド、囲まれてますっ!』


 おう、どうやってポータルに行こうかと考えてたら、女王アリがなんか言ってたし、アンジェの言うとおり囲まれている。

 追い詰めたぞ、もう終わりだ、覚悟しろ! と言わんばかりの表情を見せた……気がする無表情な赤いアリたち。


「いやーもうね、ぜんぜん追い詰められてないから。緊張感ヌケ作先生なのよー、あーばよっと!」


 ――キチキチッ!?

 ――チチッ?


 どこだっ!? みたいな感じか。お前らの腹の下にだって影はあるんだよ。


 まずは5階層行きポータルの近くに移動して、ちょうどいい影は……大樹の木陰でいいか。入りやすいし、丘にあるから全体を見やすい。


「……――カチカチ、カチッ、カチ」


 女王が静かに顎を鳴らす。

 近衛アリが数匹触角を動かしたあとに縦穴に入り、地上の穴から顔を出す。そして俺の潜伏先へと体の向きを変える。


「え、俺の位置もう捕捉してんの!?」


 と分体で呟けば、


「ほほっ大人しく3階層にでも逃げれば良いものを。そっちのポータルは人間たちが守っておるゆえ最弱の貴様が通れるはずもない。……今までの非を詫び、自らの子らの玩具となるなら命を助けてやってもいいぞえ」


「え、急にお優しい感じ。えーでもー、そういう手のひらクルックーなのってー『僭越ながら罠と思いますっ!』――……罠だよな」


 本当に僭越だよグリガネンっ! 今から俺が言おうとしたところを……最後まで言うけど。


「罠……? 慈悲ぞえ」


「慈悲ねえ……あれれー? おかしーなー? どうしてレッドアントたちは草原に潜む俺のところまで来ようとしないんだろー? 今まではすぐ近くまで来てくれたのにー?」


 分体の形を頭脳は大人な子ども探偵のシルエットにしてみた。


『そっか、冒険者たちを女王は警戒してるんだ』


 お、正解! アンジェも気づいたようだ。


「……残りの子らも地上に向かうぞえ」


 少し声色に怒気が混ざったか? ズボシの女王がカチカチと音を鳴らすと、近くの穴からレッドアントがうじゃうじゃと。

 何匹、何十匹いや何千匹か? あれだけ狩ったはずなのにまだいたのかよ。


 荒野に敷かれる赤の絨毯。

 ジーラ潰しで俺を見つけるぞと圧をかけてくる。


「逃げても無駄ぞえ……はよう出てこい」


「逃げる? 違うなぁ、今は俺攻めてるんだよ」


 本体と分体の距離が縮まれば、魔素の供給量は増加するのよ。

 つまり、分体の魔空ドリルの強度も速度も爆上げぇ! からの全速前進っ! ドリドリドリいぃ!!!!!


 ……それともう一つの狙いは――


「そこのレッドアント! とりあえず君に決めたっ! まるっと魔空かーらーのーッ! リッリースッ!!」


 ――キチチッ? 


「うぉわ!? レッドアントがいきなりっ!」

「おい!! 向こう側……やべぇぞアレは」

「くそっ! 見張りは何やってたんだよぉ!!」


 怪物的な球レッドアント冒険者ハチの巣に放り投げてみた。

 いきなり現れたレッドアントにビビる者、遠くの荒野に敷かれた赤い絨毯に気づき焦る者、見張りをなじる者と冒険者たちの反応も様々だな。


 ――キシャッ!?


「ひぃやああ、やめてくれぇ」


 ああ、早くも犠牲者1号が。

 レッドアントが脊髄反射で近くの冒険者を噛みつこうと大きな顎を開いた。

 ……蟻に脊髄? まあいいや。


「っと! てめえら、落ち着けよ。まずは――」


 ――ザンッ いかにも強そうな剣士がレッドアントを一太刀。

 この人間……っよぉ!


「ちっ! おい、ぼさっとしてねえで様子見てこい!」


「あ……ああ、すまない。おい、行くぞ!」


 マジで噛まれる5秒前のおっさん冒険者は、ズボンの土を払いながら立ち上がり、何人かを連れて荒野に向かう。


『おっとり刀でスーパーダッシュ』


『〝おっとり刀〟とは侍が腰に差すべき刀を、手に持ったまま慌てて出掛けるさまを指す……』


 アンジェが〝魔影の記憶・なんでも辞典〟ですぐ検索。

 ちなみに、この世界の冒険者には〝サムライ〟という職を持つやつがいるらしい。

 俺の知ってる侍……〝さぶらう〟という誰かに仕えるという意味が語源だし、ジャパニーズサムライ的な職業なんだろうきっと。



「っ!? レッドアントたちが荒野に整列してるぞ!」

「おい、本部に連絡しろ! なんでこんな大軍が……」

「まだ狂潮きょうちょうの時期じゃないだろ!」


 荒野の異変に気づいた人間たちが悪態をつく。

 ちなみに〝狂潮〟とは魔獣や魔物が狂ったように人間たちに襲いかかる周期のことだと、アンジェに聞いた。どさくさで人間狩り放題のイベントか、俺も参加したい。


「……そなた、なんということを」


「カチカチならぬワナワナ……かぁ? はい、名付けて〝赤壁には肉壁を大作戦〟だドン!」


 手数が足りないなら調達したらいいんだよ。

 こいつらが争えばさすがに王の間も手薄になるだろ、その間に女王をさくっと経験値にして、ついでに弱った人間たちも魔空に片道キップでご招待して、俺は勝ち組になるのだ。


『おぉー! シェイドすごいっ!』


 アンジェが感嘆の声を上げる。

 あれ、思ってることが声に出てたかも。


『やり口が……なんというか』

『マジでやべっす』

『キも……ィアア、でもレッドアントたちもこわーい』


 ドン引きしている炎の誓いトリオはアンジェを見習いなさい。

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