第35話 クズ、油断しすぎて焦る

 

「――だあああ! きりがねぇッ!! ドリルドリルドリるどりるどりドリドリイィィィィっ!」


 こっちもドリル・オン・ザ・ドリル・イン・ザ・ドリルイング・ファンタジスタ (意味はない)で、先端を枝分かれさせてはドリル形態に。

 大ドリルに中ドリル、小ドリルがついた巨大ドリルで更なる破壊を!!


「くそっ! いっぱいドリルあれば重たい、ってイメージ邪魔だ! ぜんっぜんスピードが乗らねえ!」


 映画で迫ってくるドリルとか主人公がなんだかんだで逃げられる速度になってるしぃ! 現実はもっと早いと言われましてもぉ!!


「俺の意識を変える……いやムリぃー!?」


 前列のレッドアントを削りきる前に新たな壁が仕上がっているという無限赤壁状態。

 固定されたイメージを覆すのムッズっ!!


「……お前、自分の部下を盾にしてなんとも思わないのか! 卑怯だぞ!」


 お前ら、目を覚ませ! 女王に使われるな、俺の言葉で揺さぶられろ!


「ふん、のために生き、のために死ぬのが成長した子らの誉れぞよ」


 ミンチになる瞬間に『女王のために!』みたいな思念が伝わってくる。なんてブラックな洗脳集団。


「思った以上にこの集団ヤバない!?」


 ヤバすぎて逆に俺が揺さぶられたわ。


『もうクイーンの姿が……!』


 アンジェの言うとおり、何十も重なった赤壁のせいで、近衛アリどころか隊長アリの姿すら見えない。


 ――キチッ!


 そして厄介なのがこの壁、前進できるのだ。


 さらにさらに、


 ――キチキチッ!


 号令一下、最前列のレッドアントたちが一斉に酸を吐く。


 ジュワァ……!


 落ちたところから煙と音。

 えぐれた地面が、どうやってこのどデカい巣穴を掘ったのかを教えてくれた。


「うぎゃー溶け、溶け……ないんだなーこれが」


 これが人間なら骨も残らないだろうが……俺はノーダメージだ。

 戦闘中でもアンジェと雑談できるこの緊張感のなさは、この圧倒的な安全性のおかげである。決して俺の集中力が続かないわけではないのだ。


 ぜんぜん余裕だぜえーと体をゆらゆらさせてみる。


「ふむ? 無能な魔獣以下の存在であろうと魔核コアを守ろうとするはず。……おかしなことぞえ。まさか魔核コアのない……」


 厚い壁の向こうで女王がなんぞ呟いている。

 単細胞生物みたいな認識やめて!


 さて、こっちもらちがあかないが向こうも決め手に欠けた状況。圧倒的な超火力か突破力が欲しい――あれ?


『ドリルの出力落ちてきてないか? 掃除機のコードが足りない感じ、こうあと少し先をお掃除にしたいのに届かない的な……わかる?』


『えと……本体と分体が離れすぎなのかも』


 魔影博士アンジェの説明だと、スタート地点に潜む本体からの魔素供給量が、分体がドリドリ使っている魔素消費量に比べると足りていないと。補給線が伸びきっているらしい。


 なるほど! 圧倒的にわからん。ただあの変態屋敷の地下でも同じような状況があったな。あのときより魔素はかなり多くなっているはずだが、それでも消費する魔素量が足りていないということか。


「――酸を浴びようとも引かぬ余裕……なるほど種が見えたぞえ。……キチチッ」


 ――キチッ! キチチッキチチッ


「俺より先に何かを察するなっ!」


 とツッコミを入れても、女王の鳴らす音は止まらない。

 女王の音に呼応するように巣穴中でカチカチキチキチといった音が響き渡る。


 ……なんだこの感じ? いやな予感、ぞわぞわと落ち着かない。


「どこかに隠された魔素ゆえ、そちの正確な場所まではわからぬが……わからぬならばそこらをジーラ潰しすればいいだけの事ぞえ、キチチッ」


『ジーラってなんだ?』


『ひいふぁ……ええと、ジーラは人間の頭や皮膚にくっついて吸血する虫系魔獣のことですよ』


 グリガネンが聖布をずり下げながら答えたあと、一緒にずり下がったメガネを定位置に戻して得意げな顔をする。


 へー、この世界にも〝しらみ潰し〟みたいな言葉があるのかー……じゃないのよ。


『……ヨル、肉だぞ』

『ワフッはっはっは、ズズッ……』


 お肉反応でヨルのよだれが垂れたところで、魔空間を捻じってグリガネンのメガネの上に。


『うわメガネが……』


 ドヤ顔には制裁を。

 粘っこいよだれに苦戦しているグリガネンはそのままにして、あらためて考えようか。

 しらみ潰し、いやジーラ潰しをするとは……?


『シェイド、いますぐ魔核コアを移動させてください!』


『んだよ急に大声だして。魔核ならちゃんと安全地帯に潜ませ……――げえ! レッドアントたくさんヨゥ!!』


 アンジェの呼びかけで本体視点に切り替えたら、兵隊レッドアントが酸を吐くなう! か、かかかか、かげいどうぅ――


『――……っぶねえ。アンジェ、サンキュー助かったわ!』


『ごめんなさい、もっと早くに気づくべきでした』


 魔空内のモニタは複数、魔影の視点はさらに数百、数千以上ある。

 全体を俯瞰する、魔影としての感覚に慣れないとやらかしてしまう。


『おのれ人間めぇ!』


 俺の人だった頃の感覚が邪魔しやがる。


『ご、ごめんなさぃ』


 アンジェが二度謝った、じゃあ俺は悪くないな。


『許そう。俺の心は魔空よりも広いからな』


 実際は狭小だけど。


『私、もっと頑張りますっ! ヨルちゃんも頑張ろうね!』

『……ワウ』


 良い子のアンジェは魔空内にあるモニタ群に素早く目を配るようになった!

 ヨルはアンジェを不憫な子として認定した!

 俺のクズ度がレベルアップした! ……人のせいにしてなんぼのクズですが何か?


 そして、レッドアントたちが強酸を一斉に吐いた!


「うぉい! 戦闘中なのに気が散らせるんじゃないよぉ! んなもん当たるかよ! 【影移動】――からのもっかい【影移動】【影移動】【影移動】!! くっそ、どこに逃げてもアリがいる!」


 木の根や岩にかかった酸が、泡を浮き立たせながら溶かしていく。

 影移動の先にもレッドアントがいて、俺の潜む場所を奪う。

 このままだとこの辺り一帯も荒野に……あ、レッドアントたちの縄張りってこうやって広げてたのか! 納得のヤバない!?


「ほほほ、やはり最弱無能の存在ぞえ。最底辺の塵芥以下の存在よ、自らの愚かさを認め恥を知るがいい」


 ……言いすぎじゃないか?


「もうしまいぞえ。――さあ、子らよ全てを蹂躙せよ」


 女王の戯れは終わり。

 レッドアントたちの複眼が昏い赤色になり、濃い殺意が俺の分体に刺さる。

 対してこちらに迫る赤壁がはるか高く、そして厚くて突破するイメージが湧かない。


 これはもう面倒だから素直に逃げるか? ――なんてね。


「何をしておる、はようソレを殺すぞえ……!」


 イラついているのか顎をカチカチと打ち鳴らす女王。

 シュワシュワと煙がそこかしこから立ち上る地獄のような景色だが、環境破壊を許容するなら隠れ場所なんて無限にあるのだ。

 そして当然のように4階層がどうなろうと俺には無関係だ。破壊活動はご自由にどうぞ。


 ひたすら安全地帯からレッドアントたちを削る所存だぞん。


『女王の間がアウェイなら、この地上全ては俺にとってホーム。魔素はいくらでも供給できるぞ!』


 ……ちょっと余裕こきすぎて焦ったのは事実だが、落ち着いてしまえばコイツらはただの経験値でしかない。


 影投網を大きく広げて打尽だじんじゃーい!


「よっしゃ! アンジェ、どんどんアリを送るからころりん祭りだ。ヨルも手伝えよ」


『ガウッ!』

『お祭り強制参加ッ!? うぅ……うぞうぞ気持ちが悪いです』


 死なない程度に網の目上に刻んだアリたちを積み上げてみたら、アンジェの顔が歪んだ。

 まあ後はとどめを刺すだけ簡単な作業だから我慢しろ。


『はーい、じゃんじゃん』


 ヨルは元気、アンジェは辛そうだけど頑張ってる。


『はい、どんどん』


 閉める蓋のない無限わんこアリ。いつぞやのわんこ聖布のお返しだ。

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