第34話 クズ、お茶漬けを求める


 ……キチキチ?


 やったかッ!? というより何か起きた? と実感なさげな首かしげ。


 各自持ち場に戻れ? という命令でも受けたのか、触角をピクピクと動かし、レッドアントたちが無感情に巣穴へ戻っていく。


『すげー作り込んでるじゃん……』


 巣穴の中は真っ暗かと思いきや、光る鉱石が散りばめられた壁のおかげでそこそこ明るい。


 通路で別のレッドアントとすれ違うと、触角を動かして頭を下げる。

 兵隊の敬礼みたいな動きをしよる。


『……魔獣の巣に入るなんて、あり得ない』


 グリガネンの思念が漏れる。

 大人だと四つん這いじゃないと入れない狭さだ、無理やり入ったところでレッドアントの餌食にしかならない。


『魔影の中にいる時点であり得ないだろ』


『たしかに僕たちはシェイド様の体内に……』


 正確には体内とは違う謎空間だと思うけど。

 いやでも時々吸収してるから体内か? そんなことより。


?』


 魔獣や魔物たちの小道はあった、人間たちがひらいた道はない。

 俺の魔空の跡もそうだが、この巣は明らかに作為的なものだろ。


『思い返せば2階層も人の手は入ってなかったな……。アンジェ!』


 出番ですよ!


『えとえと……ここ! ダンジョンは例外もありますが、奇数階は人間が手を加えることができて、偶数階は魔物が手を加えることができる、と』


 たしかに1階層、3階層は人間たちのごりごり有利な拠点や道、施設があった。2階層が手つかずだったのは人間たちが使わなくなったから、3階層は荒くれたちが住みやすいから……じゃなかったのか。


 例外の一つは5階層だな。奇数階に魔物の街があるのは法則違いだし。


『なんのため? 誰のルールだよ……』


『え、えっと……調べてみます!』


 ただの愚痴なだけで頼んだつもりはないけど、アンジェが引き受けたから頼んだ。

 この謎はアンジェに解いてもらおう。


 アリの腹から腹へ影をつたい、アリの巣の探索を進める。お宝部屋はないか? ……途中で見かけた人骨はスルーしておく。


『お、ここは……? ボス部屋っぽいぞ』


 ぽっかり広々なお部屋に到着した。


 ひしめく兵隊レッドアントたち。

 奥には兵隊アリより一回り大きな隊長アリが、整然と並ぶ圧巻の光景。さらにその奥には、まるで熊ほどの巨体を持つ近衛アリたちが、さらにさらーに奥に控える存在を守るように、威風堂々と立ち並んでいる。


『でっか……』


「なんじゃ? ……侵入者の気配がするぞえ」


「「キー!」」


 話す魔の物……、知性があれば魔物と定義される存在。

 指示に反応したレッドアントたちには知性がある、つまりこいつらは魔物の集団。


 ……帰ろうか。


『シェイド様、あの奥の蟻ですが王冠に紋様がありますッ! たぶん……赤の女王です! えと、たしか危険度はBだったはず』


 グリガネンが頻りにメガネをくいくいしながら報告してくる。


 危険度Bか、魔影なんて論外なのに……悔しい。

 えーと冒険者の等級はFが新人、Eが駆け出し、Dが5階層到達者アンド一人前扱いで、Cがベテラン、Bが20階層到達者、Aが指定? 指定ってなんだ? とにかく危険度Bが魔物にも当てはまるのなら……え、赤の女王の強さヤバない?


『……ひ、引き返そうかなー』


「誰じゃに不躾な視線を送るのは……?」


 奥にどっしりと座っている巨体がゆっくりと動く。

 複眼がレッドアントたちを冷酷に捉えていく。


 光る石に照らされた背中の翅が繊細な色彩に煌めき、頭部には支配者を象徴するような王冠が浮かび上がる。

 赤銅のトラバサミのようなあぎと、深い紅の体躯には金と銀の稲妻のような線が刻まれている。


 ただその王冠に刻まれた模様は――


『十字の形。……十字? 十字というと』


『ビショップ級です』


 アンジェの回答が早い。


「いやクイーンなのにビショップかいっっ!! びびって損したよ虫けらァ!!」


 人間たちにとっての危険度だと、ワンランク上の扱いだったか。

 階層の事もそうだけど、グリガネンの嘘情報というか、人間側と俺たち魔物側の認識の違いか。


「やはり侵入者がおったか。姿を見せるぞよ」


 あれ……?

 …………もしや口に出てた?

 ………………み、見つかってもうたぁ!!


「はあ、バレちゃ仕方ないか。……穴蔵引きこもりの女王陛下、成り行きながらお目通りの機会をたまわり、心底どうでもいいに存じます? ああ、そうだ姿を見せるの忘れていたわ――」

「キィィッ――」


 影主のレッドアントと入れ替わるように分体だけど俺、参上!

 見た目は舐められないように、隊長格と同じ程度の球体に。

 スマイリーフェイスで少し口角をつり上げて不敵に笑う。


「勝手にお邪魔してるけど、帰ってほしいならお茶漬けを出せ」


『招かれざるお客様すぎるッ!?』


 アンジェのド正論。

 ちなみに京都では招かれざる客にもお茶漬けくれるんだぜ。いい奴らどすえ。


 ――カチカチ。


 女王のすぐ傍にはべる近衛隊長風のアリが顎を打ち鳴らす。

 近衛隊長の合図に合わせて、ガサガサと地面を摩擦しながら兵隊たちが陣形と整える。


 一瞬マジでお茶漬けくれるのかと思ったけどそんなわけなかった。


「ほほう、話す魔影とは珍しいぞえ。その大きさであればの子らの玩具として耐えられそうじゃ。まあな子らゆえ、うっかり魔核コアを割ってしまうかもしれぬが」


 子どもおもいの母親だけど、上から目線で俺を玩具扱いしてるし、お茶漬けを出す気もないし、これは完全にホームに迷い込んだ馬鹿な奴とでも思ってるのか? 余裕ぶっこいてると――


「うっせー、ころりんされとけ!」


 ――刺突といえばレイピアだろ。ベロの伸びるイメージと合わせて魔空招待券き喰らえッ!


 【細剣術+2】の効果が乗って速度が上がる。

 とにかく貫通力重視で、レッドアントの兵隊、隊長と順に串刺しにしていくが、


「ふん……くだらぬの」


 俺の攻撃に興味すら示さない女王。伸ばした舌細剣ベロレイピアの下に潜り込んだレッドアントたちが跳ねて頭突きを始める。

 圧縮した魔素でできた剣身はただ硬いだけ。


「それやめろぉっ! 照準がずれるだろ……」


 ゴンゴンギィンギィンとレッドアントたちの頭がぶつかるたびに、舌細剣の照準がずれる。

 ぐぬぬ!


『シェイド、剣身……舌? 全体を魔空にしたら』


 アンジェの提案の途中だけど、俺だってそうしたかったよ。


『……なんか俺がイメージが出来ないやつは無理っぽい』


 細剣イコール先っちょは破壊力スゲェ! それ以外は鉄。

 固定観念が邪魔をする。


『回転する両刃の剣とか……そんな武器を――』


 アンジェが〝魔影の記憶・武器集〟とやらをすごい勢いでめくっている……指紋すり切れるぞ。


 ん? 回転といえば――


「ナイスだアンジェ! 魔素はイメージが大事、細剣がダメなら……この壁を破壊、穴を大きく穿うがつ、掘る……回転するドリルでどうだ! うぉおおりゃぁああドリドリィ!」


 舌細剣ベロレイピアの剣身が歪ませ、その表面から螺旋の刃を生み出して回転させる。――ネジネジグルグルのタングドリルにチェンジ!!


 ドリルに触れたアリを削り、赤い甲殻を魔空に散らしながら進む――


「……けどすんごい遅いぃ!」


 ドリル全体に魔空を付与できた! 回転が増して破壊力も上がった!! んだけど、どうしても重厚な坑道掘削系機械のイメージが邪魔して速度が死んでるぅ!!


「求む【ドリル術】!」


『はっはい! えと〝魔影の記憶・武術集〟でドリルどり――』

『んなもん、ねえっ!』

『えええっ!?』


 アンジェの検索結果を聞くまでもなく、ないわ!


『クウゥン』

『ヨルちゃん……』


 肩を落としてしょんぼりしているアンジェをヨルがなぜか慰めている。

 なんか俺が悪いみたいになるからその感じやめろ。


「そのような遅さでは一生かかってもには届かぬぞえ」


「くそ、部下が次々ミンチになってるってのに平気かよ」


 ドリルが奥まで届くころには、女王アリはいない。

 近衛アリたちが玉座ごと移動させるお神輿システムか!


「それに増援部隊がマジでうぜえ……!」


 横穴、縦穴、斜め穴とわっさわさと出てくる出てくる。


 ――キチッ!


 近衛隊長の大顎が合わさると独特の高い音が鳴り響く。


 ――カチッ

 ――キチチッ!


 それを合図にレッドアントたちの上に増援レッドアントが乗り、そのまた上にレッドアントがオンザアント! 奥の女王が隠れるほど密集した分厚いレッドアントの赤い壁。


『これが本当の赤壁の戦い……ってやかましいわ!』


『かつて〝ご軍〟が〝そうそう軍〟の船団を火計で返り討ちにした際に、燃え上がる炎に照らされた対岸の石壁が真っ赤に染まった光景を、祝勝会で思い出した〝しゅうゆ〟が、近くの石壁に「赤壁」と剣で刻んだという』


 その説自体は嫌いじゃないけど、


『アンジェさん、それ今調べることかなぁー?』


 この子、さては歴女の才を持っているな? って戦闘に集中させんかーい! 以上、魔空からお返ししますっ!

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