第33話 クズ、童心に返る
「そーっと、そーっと……って、ここ足の踏み場がないぞ! グリガネン、どうする?」
先頭を進むエンヤがわめく。
ちなみに足元ばかりに気を取られると、
――キューピョーゥ!
下手くそなホイッスル音が空から落ちてくる。
「ピーヒョロロローじゃないのは燃えてるせいで、音の出方が変なのか?」
ファイアカイトという火を体に
「うわぁ! アヅゥ!」
「キュピョー!?」
どうでもいいことを考えていたら、エンヤの中央フリーウェイでスリップした鳶がいた。
エンヤの髪か服を掴んで引火させつつ上昇し、高い空から地面に落とすつもりだったが、掴むものがなくて滑ったらしい。
「惜しいな、足をもう少し広げて両サイドの髪の毛を掴めば簡単に持ち上げられたのに……」
「なんで鳥側にアドバイスしてるんすか……」
エンヤの非難めいた呟きは無視だ。
それにしても思った以上に荒野の中心地は巣穴が多い。
つま先立ちで進んでいるところで、ファイアカイトに襲われればバランスを崩して巣穴を踏むこともあるだろう。土足で玄関キックは誰だってキレる、俺なら問答無用で
「急がば回れ、大樹に惹かれて荒野を進めばレッドアントにフルボッコか」
あの草原にたたずむ一本の大樹を見ると、
え、俺だけ……? いやだって遠回りとか面倒だろ、火鳶とか赤いアリとかは魔空してしまえばいいし。負けた気がするやん。
「シェイド様、このままだとレッドアントとの交戦になります……。今なら来た道を戻れますし」
グリガネンたちは戻りたい。俺は面倒くさい。
周囲にはアリの巣がいっぱい。
「……アリの巣がいっぱい、か」
アリの巣、そう、ここには無数のアリの巣があるのだ。
『くっ……!』
ある事ををやりたい。けどやったらダメだよなぁ、と思いつつ! でもやりたい衝動。
わかってる。俺は大人だ、常識の塊だ。この場でやることではない、理性ではわかっているんだよ!
やりたい、だめか、いややりたい――
『ぐあぁあああ!』
『シェイド!? どうしたの?』
『キャンっ!?』
『だめだ……止められねぇ』
『いったい何が起きているの……』
おろおろするアンジェを無視して、俺は欲望のままに聖遺物〝水聖霊のささやき〟を手に取った。ゲストルームにばら撒いた劣化品も確保した。
同時に外では、
「水聖霊のささやき……」
巣穴に向けてチョロチョロ。
「ちょっ! シェイド様っ!?」
『ええー……!?』
「むう、勢いが足りない。もう少し魔力を込めてみるか……」
聖遺物に魔力を込めると、水の勢いが強まっていく。
溢れ出す水が巣穴にどんどん流れ込んでいく。
「ああ……これだよ、これ」
思わず分体の形がへにょりとだ円形になってしまった。
「――あ、あんた何やってるんですかぁっ! おい、みんな隠れろ! ってだめだ、隠れる場所なんかないよ」
荒野のど真ん中だから隠れられない、知ってる。
巣穴の奥から悪夢の鼓動を感じる。水に抗う音が巣穴なら聞こえてくる。
「いやでもさ。……アリの巣穴があったら、水を入れるだろ?」
むしろ入れない奴がいるのか? ぐらいの返しをすると、グリガネンが頭を抱えてしまった。
プリンは首を傾げ、エンヤは頷くべきか悩んでいる。
『うーん……? シェイドが無事ならそれでいいです』
ほらアンジェも『うん』って肯定してるから、3対2でアリの巣があったら水を入れる派の勝利である。
おお、いくつかの巣穴からは泥水が噴き上がっている。
「やっぱ……アリの巣は水で満たしてなんぼなんだよ」
衝動を抑えられなかったが、このスッキリ感に後悔はない。ただ、結果としてはそこら中の巣穴からヤバそうな音が。
――キチキチキチ……!
――キチチチ!
――カチカチカチカチカチカチ!!
聴こえてくるよ、キチキチキチキチ、カチッカチッカチッ。アリの合唱。
「あの……シェイド様、これどうするんですか? 勝てるんですよね……?」
懐疑的なグリガネンの視線。尋常じゃない汗と熱で曇ったメガネのせいで俺にはよくわからなかった。
「どうするか……とりあえずお前らは安全地帯? かわからないが魔空に入れる。うっかり吸収されないように気合入れろ」
拒否権なし。
「え、なんでですぅぅぅ――」
「うわっ落ちるぅぅぅ――」
「これキ……きやーぁぁ――」
荒野を突き進むためにはレッドアントたちが邪魔。
炎の誓いでは倒せないどころか足手まとい。
アリごときが荒野の支配者
『虫って気持ち悪いから撲滅したいよね』
だから巣穴に水も入れてもいいよね!
『超個人的な種の根絶宣言ッ!?』
魔獣や魔物なら生態系に影響しない、といいな。
「さて足手まといも保護したし、お前らの相手は俺がしてやる」
黒い大玉、両目と大口をつけたスタイルでアリンコたちと対峙する。
――キューキョロロルロー!
「あ? 落ちろ!
「ギュペェッ!?」
「やめたほうがいいぞ。って聞いてないか」
分体に突っ込んだファイアカイトは、
一方でキチキチと顎を鳴らすレッドアントたちは、魔影に突っ込んだファイアカイトの様子を見てぴたりと足を止めた。
「あれ来ないのか? ……これはどこかに司令塔がいるのか? 感知系スキル、全使用だ!」
【気配察知】【危険察知】【予感】【虫の知らせ】【直感】【魔素感知】【看破】【目利き】【洞察力+3】とそれっぽいスキルをせーので使う。
【魔素感知】は魔素溜まりを探すうちに生えたスキルだったような? 【目利き】は違ったか。
【直感】よ、今度こそ仕事しろよ? 『東南の風は吹かない』……どこの孔明が失敗したんだよ! ダメだ、ニートスキルだ。
『シェイド、囲まれました』
囲まれたのは分体の話だ。
マップ上では、俺の居場所から見て東側のエリアが赤い点でいっぱいになっている。
赤い点が敵で、少し離れた場所でゆっくり弧を描くように動いている黄色の点は、俺の存在に気づいていないファイアカイトっぽいな。
「お、あそこの赤い点はでかいな。司令塔はあそこか」
『ぐぅ……はぁ、はぁ……、シェイド様、ここ、かなり息苦しい、のですが』
人が仕事してるときに、顔色が悪いグリガネンから苦情が来た。
魔空の魔素は濃いからな。
ゲストルームの奴らも魔素耐性がついて、結構強くなってたりして。
『……聖布でも巻いてろ、ほれほれ』
『みんな、聖布だ! シェイド様、ありがとうございます!』
とさとさと聖布を落とすと、3人が慌てて体中に巻きつけたせいでミイラになった。
『せっかくの機会だし、ここらで魔素の耐性をつけておけ』
『『『むぅう!』』』
いや口を塞いでいても念話は使えるだろ。
「で、アリの兵隊たちは何もしないのか? かかってこないなら俺から行くぜー。うおーーーー」
分体、全速前進っ!
レッドアントの
――キシャー!
うわ、なんか吐いたぞ。
地面から煙が。
「うーわーーーー、とけーるーーー! まけーちゃうーよーーーー!」
テンパったアンジェを真似しながら、大玉が溶けていく
――カチチ?
『ふっ、死んだと思わせる俺の演技に騙されておるわ。たぶん』
レッドアントたちは異変に気づきもせず。
『め……名演技』
『棒……』
『キ……せきー』
お前ら急に念話を使いこなすなよ。
いや俺が本気で演技したらすごいんだからね!
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