第32話 クズ、メガネを論破する


 その後の道中は平和だった。

 魔素溜まりを占拠し、周辺の魔影を吸収しつつ、時々アンジェに魔獣の止めを刺させて、討伐証明を炎の誓いに渡し。

 通せんぼや通行料を不当に請求してくるならず者たちは問答無用でスキルにしておいた。

 なぜか違法な薬物系のスキルと拷問系、夜の営み系が増えたが、この体で何を楽しめというのか。


 4階層行きポータルの近くで建てられたロッジで一泊し、いざ次層へ!

 さらなる魔素の濃さ、魔素溜まりの数にも期待しよう。


「この階層を越えれば俺たちも一人前の冒険者だな……」


 逆モヒカンの現実を受け入れたエンヤがごくりと唾を呑んだ。

 俺に引率されてるだけなのに言うことだけは一人前だ。

 聖布で顔の半分を覆っているけど、きっとエンヤなりの恰好いい表情を作っているに違いない。


 深い階層に行くほど魔素は濃くなり、冒険者たちは魔素の耐性をつけながら階層を進まないと活動できない。階層ごとに少しずつ耐性をつけることで、冒険者は活動範囲を広げることができる。

 つまり、聖布で魔素を防がないと聖素が体内から押し出されてしまう〝炎の誓い〟のような新人には早すぎる階層ということだ。


「魔素やら聖素やら人間は面倒だな」


 その点、魔影は魔素大歓迎な生物だ。4階層に漂う魔素を自然吸収するだけでも魔空が広がっていくのがわかる。


「この階層の魔素に慣れていけば僕らはもっと強くなれる。エンヤ、プリン、頑張ろ……」

「うぉおおおおお! 俺は魔素なんかに負けねぇぇええ!!」


 重くのしかかる魔素を跳ね返そうとエンヤが叫ぶ。

 グリガネンの声はかき消された。


「……早く5階層まで行って家に帰りたい」


 水浴びだけではキューティクルが保てないとホームシックにかかるプリン。

 もちろんグリガネンの声は届いていない。


 一応、美容師スキルを使ってアンジェみたいに美しい髪の毛にすることもできるけど、こいつは人のことをキモいと内心で思っているからサービスはしてやらない。


「……がんばろうな」


 がんばれリーダー、がんばれメガネ。



「んで、この森を抜けたら難所があるんだっけ? 魔空内に浮かぶ地図って外に――あ、やっぱ出せるんだな。何でもありか」


 魔影の記憶と【オートマッピング】のスキルによって4階層の地図は完成している。

 それをグリガネンたちの前で映像化する。

 現在地は浅い森、ここから見える草地だけならのどかな感じ。


「はい、この荒野地帯は先輩方も避けて通るみたいで……」


 地図を見ると、現在地、深い森、荒野、草原、5階層ポータルとひたすら東に進めば最短距離となる。ちなみに、中央の荒野を避けるように北東部、南東部に広がる森林には、小型の魔獣たまに中型の魔獣たちの巣があるが、近づかなければ危険はない。


「遠回りで行けば、比較的安全に5階層に行けるのか」


 地図から目を離せば、視界の先には広がる森の静かな影。

 古びた木々が立ち並び、散らばる落ち葉はしっとりとした水気を含んでいる。


「うっそうとした森。人の手が入っていないというか、冒険者たちの通り道もないんだな」


 獣道……魔獣道? ならそこかしこにあるし、倒れた巨木のうろには小さなリスっぽい魔獣が顔を出したり引っ込めたりしているのが見える。


 とりあえずこの辺りの影に入って……【分体生成】お世話になりやす!


「はい、4階層は僕らがどれだけ大きな道を作っても、しばらくすると元通りになるそうです」


 じゃあこの辺り……魔空。

 エンヤのすぐ近くの木々やその根元の地面ごと深々とごっそり。ゲストルームにも自然を入れてみた。


「うわぁ!?」

「エンヤっ、掴まれっ! ちょ……シェイ、ドさま」


 突然できた崖に落ちそうなエンヤと、ファイト一発……じゃなくて危機一髪で、エンヤの伸ばした手を掴んだグリガネン。


「おやすみぃ、ベイビィー。木の上でぇ、風が吹いたらぁ、揺りかご揺れるぅ。崖ができたらぁ、えんやが落ちるぅ」


「いやあんたがやったんでしょうがぁ! ……ぐぅ、歌ってないで助けてくださぁい……!」


 いや元通りになるって……とりあえずグリガネンたちをレスキューしておく。


「は、はひぃ……」

「はぁ……はぁ……あ、ありがとうございます」


 エンヤは尻もちをついて放心。


 無駄な体力を使ったグリガネンのメガネが熱い息で曇る。その奥の瞳には恨みの炎が。


「いや、待て待て! なんで俺が恨まれるんだよ。グリガネンがこの階層は何をやっても元通りになるって言ったんだろ。それに勝手に足を踏み外したのはエンヤだろ。俺は別にエンヤの足元を魔空して落とそうとしたわけじゃないし! それに助けたしっ!」


 俺は悪くないぞ。超早口で論破してやったぜ。


「う……それはそうですけど、いえすみませんでした」

「いや、マジでシェイドの兄貴ヤバいっすよ。こんなとこに崖を作ったら、何人か俺みたいに落ちちゃいますよ」


 別に落ちるのは足元の確認をおろそかにする奴が悪いのだ。それに放っておいたら戻るし。


 とはいえすぐに戻る雰囲気がないこの状況。

 南東方面の森と森の間に深さ6メートルの小さな谷ができた。人間たちが南東ルートを選ぶと、このプチ崖はロープを使って下りるか遠回りの2択だろう。知ったことじゃないけど。


『あ、こっちの人たちが木を運んでいます』


 ゲストルームの方でも動きがあった。大量の土砂と根元から倒れた木々の塊。人間たちがやってきて拠点に運び始める。なんか嬉しそうだし、何かしら使うんだろうな。


「あ、いや言いすぎました……?」


 俺が無言だったからか、グリガネンが勝手に焦り始めた。


「こっちに道はない。いったん荒野に向かうぞ」


 影糸を使って橋を作ってもいいけど、なんか面倒。


「あ、あれっ? シェイド様……? あのぉ――」


 しばらく無視だ。


 まずは東に向かって魔空の道を作る。

 森の終わりまで影糸を伸ばして広げて、地面から木々より高い位置まですっぽりと魔空。


 遠くに見える赤い大地、あれが荒野エリアか。


「これ、シェイドの兄貴がやったんすか……」


 エンヤの言い方だと俺が悪いことしたみたいだろ。

 仮に元通りにならないとすれば、人間たちにとっては歩きやすい道ができたんだ、喜んでほしい。

 この辺りに住む魔獣たちにとっては都合が悪いだろうが、俺はここに住まないから関係ない。

 そもそもこの辺りで呑気に生きてる魔獣が悪いのだ。


「やっっば!」

「……な、なんでも入るんですね、いやははは」


 語彙を失ったプリンと乾いた笑いのメガネ。 


「俺すら把握できない収納力、舐めるなよ」


 どやっ! 


『えと、今のの魔空の広さは、〝どーむ〟だと1、2、3……』


『ドーム何個分って言われてもわからないから調べなくていいぞアンジェ』


 というかなんでドーム換算できるのよ……。アンジェ勉強しすぎ問題だな。



「……ここが」


 グリガネンがだだっ広い荒野を前に、メガネをかけ直した。

 大小の石が転がり、干からびた木々の隙間を乾いた風が抜ける。


 遠くには荒野の終わりから緑色の草原、その先になだらかな坂があり、一本の大樹がここがゴールだと主張しているようにも感じる。

 地図を見てもその大樹の後ろにポータルがあるから、わかりやすい目印だ。


「こっから見るとすぐそこって感じっすよね!」


 エンヤは荒野を進みたい派になったらしい。


「待てエンヤ! 目の前の荒野をよく見てみろ」


 グリガネンが指した場所には、赤い砂地に穴がいくつも空いている。

 その穴から子犬ぐらいのサイズの虫……、魔影の記憶によればレッドアントという赤いアリが出てきて、触角を動かしながらうろついている。


「シェイド様……これ以上は危険です。その、魔空で切り拓いてもらえれば僕たちも安全に森の中を通れますし、草原まで行けばレッドアントはいませんし」


 地図があるから森の中を迷うこともないし、道は魔空で作れるから大した労力はない。


 ない、けど!


「い、や、だ! 俺を使、俺は使う側だろ。だいたい、こいつらは基本的に襲ってこないんだよな? じゃあ避けて通ればいいじゃん。というか森の中が安全説はⅭ級冒険者たちにとっての説であって、FとかE級のお前らはどこを通ったって超危険だろ。ダイジョブ、ナニカ、アターラマモルーヨ」


「なんで一番大事なところが他の大陸発音なんですか……」


 信じられるのは自分だけだと伝えたい。


 レッドアントは基本的に非アクティブモンスターで、こちらから仕掛けなければ戦う必要がない魔獣らしい。

 ただし、うっかり巣穴の上を踏みつけたり、レッドアントを蹴飛ばしたりしてしまうと、わらわらと仲間が集まってきて集団リンチを受けてしまうとのこと。


「……たしかに、そう、ですね」


 悔しいならメガネをもっと強化するんだグリガネンよ。

 ということで、荒野横断チャレンジ決定っ!

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