第28話 クズ、炎の誓いとの距離を……

 プリンの影に入ったまま最短距離で3階層のポータルを目指す。

 この階層の森は間伐がされているかのように、光が木々に差しこんでいて道は明るく歩きやす。……俺は歩いてないからあくまでそう見えるだけ。


 草木の陰には角ウサギが身を潜め、遠くの草原ではスリープシープがのんきに草をんでいる。


「のどかな風景だな、あそこの羊を捕まえてジンギスカン鍋しようぜ」


 ちなみにスリープシープとはモコモコ毛皮に包まれた羊の魔獣で、普段は人間たちを見ると逃げ出すほど警戒心が強い。

 ただ換毛期になると毛を刈ってもらいたくて人間たちの近くにやってくるらしい。


「羊……スリープシープの肉はかたいし臭いしで、とても食べられませんよ。それに毛皮が売れるのでギルドからスリープシープを殺してはいけないと言われています」


 グリガネンがメガネを光らせながら解説する。

 肉が不味くて食えないなら、定期的に毛刈りをして羊毛を回収するのがお得だと人間たちは考えたようだ。

 スリープシープの遠大な生存戦略に見事に引っかかっていることに人間たちは気づかない。


「シェイドの兄貴ぃ! あそこにフォレストウルフがいます!」


 すっかり舎弟キャラになり下がったエンヤが指さす先には、遠巻きにこちらの様子を窺う狼たちがいる。


『ヨル、仲間だぞ』


『クゥゥン……』


 尻尾を丸くして全力で違うとヨルが首を振っている。

 影狼、森狼に戦意喪失する。


 ――グゥルルルゥ……!


『フォレストウルフは3匹以上の群れで狩りを行うそうですが、炎の誓いさんたちは大丈夫でしょうか』


 とは魔獣博士のアンジェの言。


 大型の狼を先頭にして、その背に隠れるように中型、小型の狼が一列になって向かってくる。

 何の知識も持たないエンヤのような冒険者を見て、先頭の狼が牙を出して笑う。


「1匹で向かってくるとはいい度胸だ。ヘヘッ、兄貴ここは俺に任せてください。おりゃぁ――」


 舎弟ムーブをかますエンヤが先頭の狼に長剣を振り下ろす。


「……うわぁああ!?」


 当然のようにエンヤのへなちょこ剣術が当たるはずもなく、先頭の狼が右へ躱し、2番手の狼が左から、3番手が正面上へと跳んでエンヤに襲いかかる。

 はっきり言ってオーバーキル確定だろ。


 エンヤの左足に中型の狼が、長剣を持つ手には小型の狼がガブリと噛みつき、最後に大型の狼が背後に回り込んで首元に致命の一撃を与えるべく跳ぶ。


「こ、これはジェットストリームウルフか!?」


 異世界の黒い三連星……!? とか馬鹿なことを考えているうちに、エンヤの首が体と泣き別れするのはさすがによくない。

 影糸でデカい足をつくってエンヤの背中に「あぽぉ!」と16文キック!


「ぐへえ!?」


 俺のフォローのおかげでエンヤは命拾いした。


「いててて、くそ離せよ!」


 蹴りの衝撃にも負けず、中型と小型の狼はエンヤの体にしっかりと犬歯を食い込ませている。


「大丈夫かエンヤッ! くっ、聖霊よ――」


 グリガネンが詠唱の準備に入る。

 初動で失敗してるからグリガネンの行動が後手に回る。


「いやお前ら油断しすぎだろ。魔空べん・ディメンションウィップ!」


 プリンの足元から影糸の鞭を数本出してフォレストウルフに振るう。触手じゃないから!


 キャン、アウン、ギャンッとそれぞれ抵抗できないレベルに刻んでから、魔空に送る。


『アンジェの出番だぞー』


『は、はい! ……えいっ! ご、ごめんなさいっ。うっ、そんな目で見ないでくださいっ!』


 アンジェは短剣〝風のささやき〟を両手で掴んで、瀕死の3匹を介錯していく。

 涙目ながらきちんと止めを刺していくのは偉いんじゃないかな。


『ガウッ!』


 ヘタレのヨルが動かなくなった森狼の尻尾をガジガジと噛んで首を横に振る。


『キャウッ!? クルゥ……ガウガウッ!』


 思いっきり横に振ったせいで、事切れた森狼の体が反動で大きく跳ねると、ビビったヨルは飛び退しさって様子見をする。


『ヨル……魔影より絶対弱いだろ』


『ヨルちゃんはまだ子どもだから……』


 ヨルをかばうアンジェをじっと見つめると、さっと目を逸らした。


「【聖霊よ、この馬鹿を少しだけ癒し給え、ヒール】……ハァハァ、僕の魔力もだいぶ無くなってきた。エンヤ、気を付けてくれ」


「ああ……すまねえ」


 グリガネンのプチヒールみたいな魔法がエンヤの足と手の傷を癒やす。


 なんとなく反省会の流れになりそうだけど、


「えっと森……フォレストウルフの死体、いる?」


 消化する前に確認しておく。


「死体……そうですね。毛皮は売れますし、尻尾は討伐証明にもなりますので……是非いただければ。いや、でもマリオがいないからそんなに持てないか……」


 申し訳なさそうにグリガネンがメガネを触る。

 森狼の尻尾はヨルがガジガジしていて品質が下がってるけどいいか。


「あー、俺の方で保管するのはいいけど、うっかり吸収したときは諦めろよ」


「あ、はい。それでお願いします……」


 貴重な素材は自分たちで持っておいたほうがいいぞと遠回しに忠告しておく。


 俺の魔空は時間が経てば経つほど広くなっている。

 自分の体内にある細胞一つを気にすることができないように、魔空の中にいる人間たちの把握もだいぶん雑になっている。


 つまり――


『おっと。【着火】【とても冷たい耳たぶ】【目利き】【裁縫】【採寸】【デザイン】【ベッドメイク・超速】―― また無意識に吸収してしまった』


 といったうっかり吸収が止まらない。

 アンジェのように聖力が強い人間や、聖布を巻いて抵抗している奴らは大丈夫だけど、魔影の本能、生態、生き様が魔素を欲しているらしい、知らんけど。


「ねえ、グリガネン……フォレストウルフの素材ってあとで戻ってくるんだよね。それって、一度……その、まか……の中に入れたものを、うわ、やだキ――」


「おい! キ、なんだ?」


 プリンがグリガネンの耳元でひそひそ、俺をちらちら。

 そういうのって目の前でしちゃダメだぞと圧をプレゼント。

 

「ッ! キ……、えと、き……き、きやーん、シェイドさまはすごいなー」


 定期的に飛び出る危険な口癖を誤魔化すプリン。

 俺の圧を受けて足が震えているが、そんなに嫌かよ。


「……まあ努力は認めるけど、『きやーん』ってなんだよ。いいかプリン、つ、ぎ、は、な、い、ぞ?」


「ヒッピッ! ぴぃ……ハイ」


 プリンの足元から影糸をにょろりんと伸ばして、額をつんつんすると凄い形相になった。


 そんなに嫌か、魔影って。

 ただの黒い球だぞ、嫌われ虫の代表格みたいに細長い触角も脚もないし、油ギッシュでもない人畜無害な魔影さんだぞ。


「魔影のことは嫌いになっても、俺のことは嫌いにならないでほしいフライングゲット」


 背中に漆黒の翼をつけてみた。空も飛べるよ。


「「「ギャッ!」」」


 Gが飛んだときのリアクション。


『……私は好きですよ、ねっヨルちゃん』

『グルゥ? カフッ』


 アンジェの優しさが沁みるッ!

 急に話を振られたヨルは訳もわからず相槌を打っている。


「それに比べてお前ら……」


 ミニ分体をアレの形にして大量に飛ばしてやろうか、モザイクの準備しとけよ。


「……あ! あそこにポータルがあります。シェイド様と一緒だと、5階層まですぐに到着できそうですよ! いやー攻略が捗るなー!」


 そんな空気を打ち破るように、グリガネンが声を出した。

 誤魔化し方ヘタクソか。


「た、たしか3階層には休憩できる施設があったわね」


「ああ……その、そこで一泊させてもらってもいいっすか?」


 プリン、エンヤが休憩を申し出てきた。

 ダンジョン内は明るいままだが、結構な時間が経っているようだ。

 気づけばアンジェもうつらうつらしている。


「……いいぞ、人間は寝ないと体力も魔力も回復しないだろうし」


 野宿でも休めば回復はするらしいが、3階層が近いならそっちで休めばいい。


「ありがとうございます」

「へへっあざっす!」

「どうも……」


 俺は3人との明確な壁を感じながらも、強面の冒険者たちが守るポータルを何事もなく通過し、木製の柵で囲われた広めのキャンプ場の管理棟に辿り着いたのだった。

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