第29話 クズ、料理(すきる)に目覚める
広いキャンプ場というイメージを持ったのは、そこかしこに張られたテントのせいだ。
テントの前には数人が焚火をしたり、隣のテントの奴らと談笑したりと楽しそう。
鍋から漂う食べ物の匂いが風に乗って魔空に届く。
グウゥとアンジェの腹時計が盛大に鳴り、タイミングを計ったかのように魔空の外でも音が3つ鳴る。
『アンジェ、メシにするか』
『あ、はい!』
聖遺物〝木々の恵み〟の種から採れる実は、生食パンと謎肉の2種類だ。それを畑に埋める。
……種類を増やすにはどうしたらいいのか。
二種類だけじゃ栄養もなさそうだから、道中で回収した野菜、果物を出してアンジェにパス。
「んでお前らも食い物、ほれ」
マリオのリュックから食べ物を出して、おまけの生食パンも一緒にグリガネンにほい。
「白い、パン……? 初めて見ました――ほむっ!? こ、このパン美味い、柔らかい、美味いぃ!!」
大事なことだから2回言ったのかな。
この世界の人間は生食パンが好きなのかも。
『えと、皮を剥いて……あ、この肉は叩いて柔らかくする?』
一方、キッチンに移動したアンジェは〝魔影の記憶・料理集〟を開いて、短剣〝風のささやき〟を駆使してリズムよく野菜を切り分け、リンゴっぽい見た目の果物の皮をくるくる回しながら剥いていく。
「……器用だな」
「少しでもシェイドの役に立ちたいと思って。私もこの前作ってもらったサンドイッチを作ります」
健気。
果肉がしっかりついた皮が重みで落ち、アンジェの手元には細い芯だけが残る。
……どっちがメインだ?
『ヨルちゃんにはこれね』
『ワゥ……』
謎肉は短剣の背で叩いて柔らかくしたあと、〝水聖霊の涙〟で洗い流して、オン・ザ・ヨルの皿。狼なのにチベットスナギツネのような顔。
ところでその短剣、森狼を
『……アンジェ、とりあえず俺はもう少し食材と調味料が揃うまでは魔素で生き抜くから』
というか人間じゃないからメシはなくてもいい。
『えっ? でも、できましたよ? 少し不格好ですけど……』
しわしわになったキャベツの怒りと、原形をとどめない玉ねぎの哀しみが無造作に積まれ、その積層を両脇から押し潰すように貼りつけられた2枚の生食パン。アンジェの手形の残る一品だ。
……短剣の衛星面を考える前に、食べたいと思えないんだよ。
そして、キッチンの片隅にまとめられている果肉たっぷりの皮の山と、欠損だらけフルーツと野菜。
……もったいないお化けが出るなこれ。
『――生食パンで挟んでおけば料理だと思うなよぉっ!』
【料理】スキルでサンドイッチを作った俺だけど、たぶんスキルなしでもここまで酷くないぞ。一応、一人暮らしもしてた記憶あるし。
『ご、ごめんなさい。〝さんどいっち〟って思ったより奥が深いです』
……いやサンドイッチって難易度そんなに高かったの?
『うーむ、できるなら【料理】のスキル持った奴をアンジェに
『残骸……』
学べ、これから何度でも挑戦できる。
俺は食わないけど。
『仕方ない、この残骸で【料理】スキルの限界を確認するか――』
俺の意思とは関係なく生えた複数の腕が道具を持って、各種食材を切り分け、生食パンに手際よく挟んでいく。触手で3分クッキング、響きだけ聞くと不味そう。
パンの上にリンゴとモモ、さらに生クリームが乗り、その上からパン。
……これ、何かの雑誌で読んだことがあるフルーツサンドに似てるんだが。
『魔影のスペックと料理スキルが合わさるとこうなるのか……? だんだん考えるのが面倒になってきた』
俺自身が口にしたことのないフルーツサンドしかり、生クリームしかり。
無いものが有る、これもファンタジーだからって理由で片づけていいのか……? これもっとしっかり向き合うべきでは――
『うわあ! シェイド、すごいです!! ウッシミルクがふわとろ、すごい!』
アンジェの声で思考の渦から引き戻された。
ウッシミルク……そういえばどこかで回収した食材の一つに牛乳があったわ。
いや牛乳はあるとして、バターにするとか、クリームにするための材料とか道具とかさ、うん……考えたら負けだーい。もーいーやーーぼくかんがえるのやーめたーーーー。
――ハロー異世界。
『ワフっ! ウォオオオンッ!!』
ヨル、歓喜の遠吠え。
ふとヨルの平皿を見れば、軽く表面の焼けた謎肉と野菜の付け合わせのうえに、マンゴーソースがお洒落にかけられている。隣の小さな皿には角切りのリンゴがセット。
そっと脇にのけられているのは、アンジェがヨルにあげた〝謎肉の水洗い〟……ヨル、お前はちゃんと食ってやれよ。
『【料理】スキルだけの効果じゃない、よな……?』
俺の持つスキル【料理】に【炊事洗濯】の炊事、【生活魔法】で出る水と火、重複している【着火】と【1日に3回だけ美味しい水を口から出せる】がせーので発動した? 異世界スキルの自由度ヤバない?
『アフェェ……』
ヨルが目をとろんとさせながら変な声を出した。
スキルが暴走して脳汁アヘェみたいな効果まで発動してなければいいけど。
自分のスキルなのに自分が使っている感覚ないのって楽ちん! ってことでいいのか……だめだ考えたら負け、考えたら負け、カンガえたらラマケ、かんガエたらあらまけまけケケ。
『おいひー』
『ガッガッ、ウォオオオン、ガッガッ』
……はっ!? 意識飛んでたわ。
フルーツサンドにかぶりついて口の周りをクリームだらけにしているアンジェと、平皿に顔をつっこんでガツガツと肉を
そんなに美味いなら、俺も食べてみるか。
――やわらか甘酸っぱ美味い。
『普通を知らない俺だが、これは普通に美味いと思う。つーか俺の手料理が、今までの俺の記憶のなかの味のする食い物で一番美味いと思った』
俺が知らない、食べたことのない料理が、〝魔影の記憶・料理集〟経由で作れて食える。
なんの依頼かすら覚えてないけど料理関係の本を読み漁ってて良かった。
『あー美味しかった。私もシェイドみたいに上手に料理できるよう頑張りますっ』
『お、おう……』
アンジェのやる気スイッチが入ったけど、しばらくは俺自身が美味いメシを食うためにスキルを活用することにしよう。……決してアンジェの腕前を信用していないわけではない。
あとはそうだな、美味そうにメシを食うアンジェとヨルを見て変な気分になった。ふわふわと落ち着かないが嫌いじゃないなんだこれ?
とにかく考えるだけで料理ができるハイスペック魔影ボディを堪能するためにも、飽きるまでは俺が料理担当ってことにしておく。
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