第22話 クズ、2階層で気づく


 無事に2階層に到着。

 2階層からランダムポップの仕様はない。試しに1階層と2階層を行き来してみたけど、景色が変わることはなかった。

 スタートダッシュを決める新米魔物の一歩目の罠。しかも運要素ありという。どんなクソゲー?


 まあ俺はそんなクソゲーをクリアしてここにいる。


『つまり勝者っ!』

『おおー!』


 影人形シャドーの右腕を高々と上げる! アンジェがパチパチと拍手。ここまで定期。


 それじゃ早速ご当地魔影の招集アンド吸収を急がねば。


『もしランダムポップがつねだったらリスク高かったな。いや、そもそも1階層のランダムポップもダメだろ。人間有利すぎやん』


『そうですね。もしも地上側のポータルの近くだったらあの緑の人が……』


 アンジェが勇者の所業に身震いした……え、また成長してないか!?

 外に出るには体を強くして、魔力と聖力のバランスを取れるようにする必要がある。これからもパワレベしてやろう。


『もう二度と会いたくないわ。緑の勇者ルゥイ……? お願いだから一生あのポータルだけを守り続けてほしい。――誰だっ!? そこっ【看破】――』


 お祈りポーズで頭がすっきりしたからか、違和感に気づけた。

 畑に黒い輪郭が浮かび上がる。あれは四つ脚の動物っぽいが……。


『グルゥ……?』


 ダイコーンを咥えた犬……? こっちが見ていることに気づいて、『え、俺の事見えてる?』みたいに首を傾げている。


『あっ! やっぱりいたんだ……』


 アンジェも気づいた。看破には【隠遁】とか【気配遮断】みたいなスキルを取り消す効果もあるのか、有能。……ニートスキルも見習ってほしい。

 【直感】から『仲間フラグ』と通知が届く。いや勝手にフラグ立てるなよ。

 ペット枠なんてアンジェだけで充分だ。


『ホームの畑にどうやって入ってきた? 子狼……?』


 大きめの頭部、耳が直立していて、少し鋭い目。

 犬よりも脚が長いし、小さいながら締まっている体にはモフり度の高い体毛がふさっている。


『……たぶんシェイドがコボルドの子どもたちをホームに入れたときだと』


 アンジェの経験値にしようと拉致した子どもたちか! 言われたら子狼もいたような。

 そういえばギルドにいたときもアンジェが騒いでいたことがあったな。あれもこの狼が原因だったか。


『わんちゃん、おいで……あっ』


 アンジェがゆっくり畑に入ると、子狼はダイコーンを咥えたまま距離を取った。


『グルルゥ……グルルゥッ!』


『畑荒らしか? アンジェ、その辺のダイコーンのチェック頼む』


 生食パンしか出ないけどな!


『はい。ちょっと抜きますね……えいっ! あ、ダイコーンの中からお肉が出てきました!』


 アンジェが足元のダイコーンを抜いて中を割ると生肉らしきものが出てきた。

 赤身に白の脂……なんの生き物の肉だ?


『アンジェ、食べるときはしっかり火を通さないとだめだぞ』


『あ……そうですよね』


 なぜか残念そうな顔をするアンジェ。

 生食パンに引っ張られて、生肉もそのままいけると勘違いしていないか。


『……あとで〝魔影の記憶・料理集〟のページを読んでおくように』


『はい、頑張ります!』


 いじめられていたとはいえ大商会の箱入り娘だったわけだし、魔影の記憶もアンジェが興味を持つ内容しか読んでないだろうから、知識に偏りがあるな。


 ダンジョン街でパクった魔導コンロのついた台所セットがついに輝くぞ。

 アンジェが料理できるようになったら、俺も味見させてもらおう。

 できればさっき取得した【料理】スキルを、アンジェに付与できれば良かったんだが。


『子狼の希望が肉。アンジェは食べ物としてとりあえず〝パン〟を想像し、俺はその〝パン〟に美味しいものなら〝生〟ってつけば大概上位だろうと考えた。〝木々の恵み〟から採れるダイコーンの中身は、俺たちの思う物になる……のか?』


 〝木々の恵み〟の仕様がいまいちわからない。

 とにかく謎の動物性タンパク質があれば、アンジェの食生活も改善されるはず。

 主食が魔素と生食パンとか、俺の前世レベルだぞ。


『……アンジェ、食べたい物とかないのか? 好きな物や嫌いな物、今まで食べた物とか』


『小さいときの記憶なので、全部が美味しかったとしか。〝まぬけ〟になってからは、かたいパンばかりでしたし……』


 食べ物の知識か渇望が〝木々の恵み〟のラインナップ追加の鍵と見た。

 試しに【料理】スキルを使ってみるか。


 魔導コンロで、謎肉をあぶり、どこかで調達した塩で味を調ととのえて。


『生食パンで謎焼肉をサンドしただけだが、食ってみろ』


 料理を知らない俺がどこまで【料理】できるか見せてもらおう。


『あ、はむ――ッ!?』


 淡紅藤うすべにふじの瞳がお肉マークに変わる。そのまま無言でサンドイッチを貪っている。美味いんだそれ……。食材を焼いて、パンでサンドするだけの立派なお料理。


 あれ、なにか忘れて――


『ああ! 秒で子狼の存在を忘れてたわ! ほんと影が薄いなアイツ、どこだ? 【看破】――いたっ! 台所で肉を噛んでるぞ』


 看破されたことにも気づかず、めちゃくちゃがっついてる。


『こいつ、どうしたい?』


 小動物系をころりんするときは、アンジェがいないところでやらないと。


『えと、まだ小さいですし、お肉を出してくれた功労者だから……』


 言外に生かしてほしいと。たしかに功労者だけど不法侵入者でもあるぞ。


『どっから入ってきたのか、俺は許可してないぞ!』


『影狼の子で魔獣みたいです。あの子たちのペットだったのかな』


『だったら俺が拉致ってるな!』


 不法侵入者が消えたら、功労者が残った。

 アンジェ調べによると、影狼は地界狼族魔獣という分類で、ダンジョン街ではポピュラーなペット。かなり臆病で慎重。自分より強い者には従順らしい。


『仕方ない……アンジェ、この影縄を持って』


 影人形シャドーの腕をそのままロープに変化させてアンジェに渡す。


『あ、はい』


『持ったらそのまま影狼に向かって投げる』


『え、あ、はい。えいっ』


 うん素直。

 影糸自体に重さはないし、投げた実感もなさそうなアンジェはさておき、影狼に向かうロープは先端が大きく広がり投網のような形に姿を変える。――はい捕まえたっ。


『ギャンッ! キャウンキャウンッ!!』


 体をよじったり、転がったりしても無駄だ。

 普通の縄じゃないし、俺の影糸からは逃げられないぞ。


 影狼はしばらく暴れ、そして疲れて大人しくなった。


『確保っ! 魔獣とはいえお前は賢そうだな。いいか? 俺はもちろんアンジェもお前より強いオケ?』


 アンジェの投げた網で捕まったんだぞと念を押す。


『……キャン』


『お前は不法侵入者。だけど〝木々の恵み〟の可能性を広げた功績によって、魔空に住むことを許そう』


 影人形シャドーの胸を大きく張る。


『……シェイドが攫ってきたのでは』


 アンジェ、シャラップよ。


『それでお前は俺たちに従うか? 従うならお肉食べ放題』


『……キャン』


 影狼はお腹を見せて完全降伏の意を示した。


『よし、これで上下関係はしっかりと理解させたし安全だな』


 アンジェにブラッシングさせて、モフモフするぞ。


『アンジェ、名付けと世話は任せた。目標のモフり度120%オーバーだ』


『モフ……? えと、頑張ってお世話します。名前、うーん夜っぽいのでヨルちゃん!』


『ガルッ!』


 濃紺のような体毛から連想したのは夜。

 名付けた瞬間、俺の魔素が微量に減り、その分だけヨルの存在感が強くなったような。


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