第20話 クズ、ダンジョン1階層に立つ

 ダンジョン街のポータルの向こうは――青と緑の世界だった。

 ザアという音と一緒に、草の穂先が順番に傾き、大きな緑の波を引き起こしている。


『大草原の小さな俺――ってやかましいわっ! ここ本当にダンジョンなんだよな? ……そしてここはどこだ』


 1階層だけは出現場所がランダムらしい。なぜだ!


 ゴロリーンっと小学校の運動会で使う大玉サイズになって周囲を見渡す。

 本体のサイズだと、巨人の世界に紛れ込んだみたいで頭がバグる。

 的は大きいけど、当たり判定は激狭よ。


 ――野良の魔影、大集合ー!!


 魔素が溜まる場所で生まれるのが魔影だ。

 ダンジョン街より魔素が濃いダンジョンのほうがいっぱいいるはず!


 うわぁ、黒い丸が草むらの隙間からぞろぞろ出てきた。呼んでおいてなんだけど……キモい。


『こんなに魔影さんがいっぱい……』


『よっしゃ、みんな合体するぞー!』


 野良魔影の御一行を残さず吸収。

 新たに追加されていく〝魔影の記憶〟と魔素はうまいが……、


『中身は何かの糞尿、スライムの干からびた皮、ボロボロの剣……ゴミばっかじゃねえか!』


 とりあえず1階層に来てみたものの明確な目標がない。

 上を目指すには、変態のいるダンジョン街に行く必要がある。

 ……リスクしかない! あーやだやだ、面倒だー!


『不満が特盛ッ!?』


『そうだ、アンジェもそろそろ外に出てみろ。俺の興味本位として』


 一度どうなるのか確認したかった。


『え……あ、はい』


 いや途端にテンション爆下がりかよ。なんか緊張感が漂っている。

 アンジェの目の前に、外の世界に出られる穴を作る。


『ぅ……』


 アンジェが魔空と外の境に立つだけで、シュウゥゥゥと空気の抜けるような音がする。

 雪のように白いおててが、少しずつしわになり、ハリツヤお肌が!


『うぉっ!? アンジェ、魔空に戻すぞ!』


 すぐにアンジェを回収した。


『ごめんなさい。……まだ聖布なしだとダメみたいです』


 人としてダメな勢いで魔素が抜けていたんだが。

 ……魔抜けの症状、思った以上にヤバない!?


『なんか大変だな……』


 このまま外に出していたら、痩せぎすの少女に逆戻りだった。

 他人事ひとごとながら同情しちゃう。


『……うん』


 心なしかアンジェの顔が暗い。


『えーと元気出せ? あ、ほらそこの草むら!』


 草むらがガサゴソと揺れたと思ったら、額に一本の角の生やしたウサギが飛び出てきた。


 ふわっふわの毛皮と大きなクリクリの赤い瞳。耳は長くて柔らかく、ぴょんぴょんと跳ねる姿がとても可愛い。


『わあ……! ウサギです! 角が生えてますっ!』


 お、アンジェのテンションが上がってきたぞ。

 やるやんウサギ、がんばれウサギ。


「――プキっ」


 鼻を小さくひくひくさせながら草をむ。

 可愛い、癒しの動物。

 ただちょっとだけ大きさが……普通のウサギの三倍で、脚の筋肉とかじっくり見ると引き締まってるけど。これ魔獣ってやつだ。


『シェイドがウサギの近くまで寄ってくれてるので、すごく見やすいです。ありがとう!』


『お、おう』


 モニターの倍率はむしろ縮小だけど、アンジェが笑顔になったのでネタバレは先送りにしよう。そのうち〝魔影の記憶〟で調べたら平均の体長でサイズ感がわかるけど。


 気配を消して、角ウサギから距離を取りつつ、魔素の濃い場所を探してコロコロリン。


「フゴォオォオ!」


 ドドドドドという重低音と砂煙を引き連れて巨大な……イノシシ!? 角ウサギよりもさらに大きいオッコトヌシサイズ。しかもそれが何頭もの団体様ぁ!?


 このたびは魔空観光へようこそ!


『……心ばかりのもてなしですがぁ、おいでませっ! 魔空模様・市松いちまつッ――』


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『ひいっ! が、がいこつが……』


 市松模様を見たアンジェの反応がおかしい。


 ……ってあるぇ!? 俺の魔力体に魔空をつけて、突っ込んでくる敵を文字通りバラすイメージだったんだが。何気に魔核コアがある本体での戦闘は初めてだったし、ちょっと焦ったかも。


『やっぱり誰かに呪詛を――』


 お前も呪ってやろうか!?


「フゴオォォ……フゴォ!? ピギィィ――」


 突然現れた市松模様の壁にも臆せず、巨大イノシシたちが突入する。……安全のために魔核コアを魔力体の上のほうに移動させたけど、もう少し上にしておかないとイノシシの背が当たりそうだ。すごい勢いで魔核コアの下を通り過ぎていく。


 近くで見るとめちゃくちゃデカい!


「フゴッ!? フゴォオオオオオ――」


 うまくすり抜けたイノシシは、異変に少し反応はしたものの、止まることなく遠くへ走っていった。

 もっと間隔を狭めて、外と魔空がイノシシの体にそれぞれ入るような調整……だぁーっ難しッ! これでどうだっ!?

 

「ピギィイイイ……! ――ッ! ――!」


 ずどんと大地に転げた欠損イノシシ。

 よしっ! 俺の思惑どおり魔空に切り身が落ちている。


 だけど、残る後続は、


『ピギィイィイイイ』

『ブモッ! ブモォオオオ!!』


 擦り傷や脚を少し怪我したイノシシもいるが、ほとんどが無傷で魔空を走っている。


『イメージが甘かったか。ぶっつけ本番でやるもんじゃないな』


 ゲストルームに入り込んだ巨大イノシシの団体ご一行。

 景色が変わったことに反応せずにひた走る。


 その姿はまるで……グドンだよ。こいつらの進化先にグドンがいそうだな。


『ロストボアという魔獣は帰巣本能がほとんどない。成体が餌を探すために縄張りから出ると、そのまま帰り道がわからず走り続ける。と書いてあります。しかも……群れで!』


 解説ありがとう、とんでもない暴走集団だった。

 このおバカな感じもグドンそっくり。せっかくだからグドン先輩を紹介してやろう。ハムスタールームにつなぐ。


『なんだおめだちぃっ!? ――おでより前は走らせねぇど! おでが一番だぁああああ!!』


 ……グドン、もう俺のこと忘れてそうだな。


『一番遅いロストボアーは罰としてアンジェの経験値にするぞー! はい、お前確保っ!』


 少しずつ負傷したロストボアーの進む先を訓練場に変更し、ホームでまだ少し元気のない様子のアンジェを訓練場に移動させる。


『……へ? ええっ!? シェイド、罰ってどっちに対してぇぇええええ!?』


 うんうん、いつもの調子が戻ってきた。

 異変に気づいたアンジェが、ロストボアーに轢かれないように走り出す。


『一番遅いイノシシに罰を与えるついでに、アンジェの訓練と励ましを兼ねて』

『励ましだけで充分ですぅぅうううう!!』


 アンジェの瞳から綺麗な汗だく。

 もちろん、俺の市松模様の感想に不満を持ったわけじゃないぞ。



 さーて、2階層行きのポータルはどーこだっ。

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