第19話 クズ、脅威にさらされる

 ……ヤバいのが出口にいるゥ!?


 慌てて本体をカウンター下から、一番奥の酒樽の影に移動する。

 本当だったら外まで移動したいところだけど、コン氏との長話のせいでお天道様の位置が変わっていて手ごろな影が見つからない!


『……シェイド、あの人は』


 きらめく星々をまとったような衣装の男。

 全身を包むそのスーツは、無数のスパンコールがぎっしりと縫い込まれており、ギルドの薄暗い明かりのなかで怪しい七色を見せている。


『ああ、間違いない、あれは――』


 タイトにフィットしたそのデザインは、引き締まった体のラインを強調し、深いV字に切れ込んだ胸元からは、しなやかで力強い胸筋が覗き、まるで衣装と一体化したかのような滑らかなシルエットを描いている。

 袖口から手首にかけてもスパンコールが敷き詰められており、七色が男の仕草に合わせて煌めきを放つ。


『変態だ (です)』


 アンジェと意見が一致したところで、あらためて変態の様子を窺う。


 墨色の角刈りに、墨色のまん丸い瞳は長いまつ毛がついてぱっちりしている。口髭はあるもののやや中性的な顔立ちで、内股でやたら腰をよじって周囲に吐き気……いや本人は色気を撒いているのかもしれない。


「……おいアレって」

「やめろ、目を合わせるな館に連れて行かれるぞ!」

悪食あくじきのラァヴじゃねえか、今日はギルドに来る日だったか……?」


 運悪くギルドに居合わせた魔物たちがドン引きしているが、会話から察するにあいつが館の主か。


『良かったなーアンジェ! お前ヘタしたらあいつのペットか餌だった可能性あるぞ』


 恩を重ね着させておこう。


「くっふんくっふん、ンッンッ。良い香りグウッドゥスメェルはどこぉ? どこかしらん」


 変態がオネェ言葉であちらの業界への風評被害を撒き散らしながら、無駄に高い鼻をひくつかせる。シンプルにキモい。そして臭い。


『影、見つけた。……裏の窓から逃げよう。あいつヤバい、見た目も魔力も』


 キングがどれくらいの強さかわからないが、少なくともビショップぐらいじゃ話にならない。

 

「ねぇん、そこのあなぁた?」


「ひっ!? な、なんでしょう」


 不運の猿獣人が背すじをピンッと伸ばす。


「あのね、良い匂いがするのん。グドンちゃんの残り香と混ざってもう……んんっかぐわしいィィイイ!」

「ひぃぃ!? しっ知らねえ! 俺は何も知らねえよ!!」


 なんかビクビクンって絶頂した……ヤバない!?

 グドンが欲しいなら今すぐに返品するけど! いやでも、俺の存在がバレるのは嫌すぎる!


「おやおや……! ラァヴ様自らギルドにお越しとは……何かご依頼でございやすか?」


 救世主メシアあらわる。

 勝手ながら隠れ強者と思っているコン氏が、尋常じゃない汗をかきながらラァヴに話しかけた。


「あらやだん! コンちゃんおひさねぇ。依頼というかぁ、捜し物ぉ? ラァヴの大事だーいじなモノがみんな、みぃんなぁいなくなってぇ……ぐじゅんぐじゅん」


 一方のラァヴは謎の擬音を吐きながら涙を流している。キモい。


「……そのぉ、うちのギルドにはラァヴ様んとこの使用人はお見えになってやせんよ」


「ぐじゅん……ううん、違うのよ。ここにいるのよぉ! ……感じるのぉ、ラァヴにはワカルノォォオオ――【愛の方位磁石ラァヴコンパス】ゥゥウウ!!!!!」


 ラァヴが両手を輪の形にすると、何もない空間にハートの針先がついたコンパスが浮かぶ。


「そこにぃ、いるぅ!!」


 高速回転をしていた針先が、ピタリと俺の居場所を示した。

 完全に捕捉された!?


「……酒場はまだやってないでやすし、誰もいやせんよ?」


「ンヂィ? そうねえ、おかしいわん。一瞬だけラァヴのハートがキュンってしたのにぃ?」


 あっっっぶねぇ……! 針が止まるとほぼ同時にラァヴの頭上……、天井のはりに影移動した。コンパスのハートは、方位を見失ったかのようにくるくる回る。


 俺の魔空に入っているもので、心当たりといえば。


『レア度、顔やスタイル、聖素とか色々と総合するとアンジェなんだよなぁ』


『ちっ違います!』


 違うかどうかはアンジェが決めることじゃない。

 ただ状況的に考えると、アンジェはゴブたちに捕まった魔影の中にいたわけだし、ラァヴに見初められたとは思えない。となると、牢屋にいた人間たちか、通路で魔空した人間たち、ゴブたちの誰かが濃厚。


 ふいに【直感】が発動! 通知は『かなりイカ臭い、すぐ逃げ――』うるせぇぇええ!! このニートスキルヤバない!? たしかに臭いけどもっ! ニートすぎて途中で通知オフったわ。


「くっふんくっふん……獣の匂い? グドンちゃんかしらん? どろっどろの混沌ケイオスい、いびつで捻じ曲がってるグッドスメルがするのよねぇ。でもぉ、綺麗ないもするしぃ……清濁併せ持つスメェル、そうスメェル……ンヂィィイイイ! 出ちゃう 【愛の誓いラァヴマーキング】が出ちゃうぅぅ!! んほしゅきピィイイイ!!!!!」


 ラァヴの叫びと同時に、じゃらじゃらしているスパンコールから黒い霧……墨汁のような薄い黒をギルド内に散らしていく。


『うげぇっ汚ねえ! 影糸になんかついた気がする。コン氏のアドバイスどおり、ヤバい奴だな色んな意味で!』


『獣……ひぃ!?』


 いやいや、魔空にまで墨汁は入ってないし、イカ臭いから獣臭いとは違うぞ。アンジェが震える指で畑の方をさしているけど、墨汁の要素はない。


「ラァヴ様ッ! 困りやすよっ! こんなところで墨なんて吐かれたら……。せっかく綺麗にしてもらったってのに。この件はギルマスに報告させてもらいやすからね!!」


 アンジェの様子も気になるけど、コン氏の本気が見れるかも。

 ただ不思議なことに、ラァヴの墨がかかったはずの家具や壁は汚れていないし、魔物たちも異常は見られない。だけど、コン氏は激おこである。


「ンヂィ、コンちゃんごめんなさいねん。でもでもぉ、ラァヴは確かに感じたのぉ。……はいこれ、弁償するわね」


 ラァヴが胸元のもじゃもじゃに手を突っ込んで、魔貨を取り出してカウンターに積んでいく。


「毎度でやす……」


 コン氏はまだ不服そうではあるものの、魔貨を数えながら袋に入れていく。

 サイズ的に袋に全て入るとは思えないが、ラァヴのもじゃもじゃも、コン氏の袋も謎空間に収納できるらしい。


「どこか、近くにいる。ラァヴの大好物を感じるのよねん……? おかしいわん。うーん? おかしいわん、またねん」


 おかしいのはお前の頭だと、誰か教えてやってほしい。

 とりあえずラァヴは首を傾げ、腰をくねり、内股気味の足をギルドの外に向けた。

 周囲の魔物たちはもちろん外にいたでっかいスライムや大型のゴーレムみたいな奴らも端っこに寄って小さくなっている。


「やれやれでやす。シェイドさんがいなくて良かったでやす、もしあの墨が付いていたら……はあ」


 静かになったギルドでコン氏が不穏なことを呟いて、疲れ切った様子で事務室に消えていった。


 ……まだいるのよ?


「――行ったか? ヤベェ魔圧を感じたけど……なんだこれ生臭なまぐせぇ!」


 俺の出待ちをしていた赤ゴブリンたちが戻ってきた。俺がいないことに気がついたらしい。


「おうレッズか、どこ行ってたんだよ。さっきまで悪食あくじきが暴れて大変だったんだぞ」


 一番の被害者だった猿獣人が、赤ゴブリン……レッズに話しかける。


「おん? ああ、生意気な新人をシメてやろうと思って部屋の外で待ってたんだけどよ。どうも窓から逃げたらしい……くそっ! 仕方ねえから酒場で飲み直そうとこっちに来たとこだ。悪食がいたとはな、目をつけられなくて良かったぜ」


「ほんと運がいいな。俺なんて絡まれるわ、変な汁つけられるわで……最悪だぜ。オエッ」


 猿獣人が腕の臭いを嗅いで舌を出した。

 俺の影糸も臭くなってたら嫌だな。


『……気を取り直してポータルに向かうか。途中に宿屋があったし、気分転換に一番良い部屋のベッドとか家具をもらっておこう』


 魔空のホームを充実させるぞー!


『清々しい泥棒宣言ッ!?』


 アンジェのツッコミを流しながら、ポータルへゴーゴゴー!


――――――――――――――――――――――

あとがき


拙作をお読みいただき、ありがとうございます!


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