第14話 クズ、魔物ギルドを見分する


 異世界の風景にも慣れた。そろそろ移動しようか。


「シュルルっ?」


 皮鎧や手甲を身につけた奴らが、肩に大きな荷を担いだり、手に引きずったりしながらぞろぞろと歩いている。一番後ろを歩くトカゲ人の太い尻尾の影に取りつく。


「ん、どうしたニ?」

「なんでもない? なんか変な気配がしたような……シュルルゥッ」

「ニー? 気のせいだニ。この街は変な奴らばかりだニ。気にしたら負けだニ」


 少し前を歩いていたブーツを履いたの猫が、トカゲ人の違和感を軽く流す。

 確かに猫が言ってるそばから、頭から炎が燃え立つ石の像とすれ違った。


 どいつもこいつも俺からするととんでもなくデカい。

 トカゲ人の尻尾から鱗をつたって頭に影糸を乗せる。


 少し前を歩く猫と犬、その先で風を切って歩く虎がいて、全員が二足歩行だ。


『アンジェ、こいつらって魔物ギルドの連中だと思うか?』


 ダンジョン街からダンジョンポータル――色んな階層に行ける扉を使うためには、魔物ギルドで登録する必要がある。こいつらはかなり汚れた格好だし、戦利品を持ってダンジョンから戻ってきたんじゃないか?


『えっと……どこかにしるしがあればギルド登録者です』


『印ねぇ。お……犬の左肩に馬の印、猫は……右腕に雪だるま? トカゲは右手の甲に十字が刻んである』


 虎は先頭を歩いているから印は見えない。


『……馬はナイト級、十字はビショップ級、雪……〝だるま〟がわかりません』


 達磨だるまは翻訳しないのか。

 

 えー、んでナイトにビショップ……? チェスの駒なら、猫は雪だるまじゃなくてポーン級か。なぜにチェス? こういうのって誰が最初につけるんだろ。


『ポーン、ナイト、ビショップ、ルーク、クイーン、キングの順に強いそうです』


『不思議だよな、俺としては縦横無尽に動けるクイーンのほうがキングより強いと思うんだが』


『えと……一説によると、自由奔放で艶聞えんぶんに富んだ王妃クイーンが方々で肉体関係を持った結果、キングは血統以外の全てを失って肩身が狭くなったという民衆の笑い話がそのままルールになったとあります』


 あーだからキングは一マスだけ……ってかわいそうだろ王様ァ! あとその王妃、ビッチすぎませんか? ポーンとか何人いるのよ、女ってこわい。


『それどこの世界の記憶なんだ。「諸説あります」「一説による」……根拠薄くていいよね』


 便利な言葉だよな。


 ところで、このトカゲ人はビショップ級、つまり3番目の強さ。

 俺は勝てそうだと思ってるんだが……【直感】は『引き返せ』――いや通知遅くなーい!?

 ……【直感】はともかく他の察知系スキルの通知も総じて『負ける』という判断らしい。


『スキルは勝てない。こんな奴ら、さくっと魔空しちゃえば楽勝だろ』


 魔空初見で誰も逃げられない説。


『この本には、吸収した魔物が魔空を破壊して出てきた例があります』


 本のタイトルは〝魔影の記憶・魔影の最期まとめ〟……秒で俺の説が覆された。


『うっかり強者を吸収してしまった魔影の末路かよ、こわー』


 ……過信しないように精進しないと。



 魔物ギルドが見えてきた。

 看板には大量の人間を重ねて咥えこんで、その顎から血を垂らす龍が精巧に彫られている。

 ……グロいって。


 入口の両開きの扉は、大きな魔物も入れるように大きく設計されているけど、その入口にさえ入りきれない山みたいにデカい魔物たちは外で待機している。


「ゴゴッ」


 体操座りしてるゴーレム、咳が可愛い。

 額に塔の印があるからルーク級か。

 

 その隣には形容しがたいぬらぬらどろどろの塊がギルドの壁にべっちょりくっついている。

 大きさというよりは床を汚すから外で待機してるのかも。

 半透明の紫、黒が斑点のように体内にある毒々しい見た目、中心にひときわ大きな丸い石が見える。


『あの石……魔核コアか、ナイトの印が浮かんでる』


『不定の魔物には魔核コアに印が刻まれるそうです』


『じゃあ俺の場合は、魔核コアに……? せっかくガッチガチに魔素固めてるのに、登録とか昇級のときに命さらすのイヤくね? よし、アンジェ右肩と左肩どっちがいい?』


『身代わり確定の二択ッ!? その、ははさまにいただいた体なので……』


 アンジェが慌てて両肩を隠すように手を回したけど、俺も3割ぐらいは冗談のつもりだぞ。


『とりあえずギルドで詳しく聞いてみよう。最悪ギルドに登録しないで済む方法を考えよう』


 魔影の記憶にあるだろ、ポータル使わずに階層移動する方法とか抜け道。

 アンジェが開いたページを覗くと、登録に使うのは特別な〝魔素〟とあるし、魔核コア直彫じかぼりではないのかも。


 虎たちがギルドに入る。

 右手にずらりとカウンターが並び、異形から美形まで様々なギルド職員が座っている。


『ギルドの顔だし、一応イソギンチャクみたいな奴もそっちの業界じゃ美形に見えるのか。俺は人型がいいし、あそこの羊の角のついた巨乳ちゃんとかいいな』


『む……』


 なぜかすっきりしない表情で書庫に向かうアンジェ。

 大丈夫、君はまだ成長期……ん? 歩いた振動でとある部位が揺れている。そこだけ成長が著しいのなんで!?


『それにしてもラノベの異世界冒険ファンタジーのギルドまんまだな』


 正面奥は依頼板や、解体場、訓練場と書かれた看板と扉が見える。

 左手は酒場。

 全体的に薄暗い室内だ。


 定番のギルド風景だが、定番じゃないのはそこにいる者たちのほとんどが異形の魔物たちというところだ。


 酒や食事を運んでいる者の中には、首輪をした人間がいる。たぶん奴隷。


『ちらほら人間もいるのな……』


 お皿の上に縛りつけられた男を絶妙なバランスで頭に乗せて歩くカカシの化け物が、ギルドの外にそのまま出て行った。待機組の誰かが注文したのかもしれない。

 しばらくすると外からの断末魔が聞こえた。


 奴隷と餌……人間の倫理観を持ってたら心が死ぬ光景。

 ちなみに、アンジェはそんな光景そっちのけで夢中で本を読んでいる。

 ときどき体を起こし、深呼吸しながら、両手を胸の前で合わせて手のひらを押している。

 足元に置いた〝魔影の記憶〟の動きを真似ているようだ。

 嫌なものからは目を逸らして、見て見ぬふりをするのは人間のさがだよな。


 さて、トカゲ人の足元にずっといてもしようがない。

 影糸を床から壁、天井まで蜘蛛の巣のように張り巡らして、本体は受付嬢がいるカウンター下にある影に入る。


 いつでも逃げられるように影糸をギルド内外に大きく展開して、準備オッケー。

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