第13話 クズ、天使を追い込む
『こうして、グランフ隊は壊滅した』
『いやー、まさかーグランフ隊長の部下がー、ゴッフに切りかかるとはーー。じー……』
なぜ、半目で俺を見る。
とりあえず人間たちのご遺体やホブゴブの
『うーん……ホブゴブの魔素も微妙だな。これだけ人間たちがいるのにわざわざゴブ
魔素量に余裕が出てきたから、アンジェの強化をしておく。
ホームの隣に訓練場を設置して、瀕死のゴブたちをずらりと並べる。
『はりきってどうぞ!』
『は、はい……! ぅう』
アンジェは〝風のささやき〟を使った! 瀕死のゴブAは息絶えた!
『さあ、無抵抗なゴブをどんどん経験値に変えていけー』
『他に言い方……ないですね。よし、がんばるぞ! えいっ!』
蹂躙スイッチが入ったらしい。
アンジェが黙々とゴブリンたちに
『両手でやっと持てる筋力かぁ。あと体力のなさも課題だな』
アンジェに基礎的なトレーニングをさせておこう。
『アンジェ、それが終わったら〝魔影の記憶・超初心者向けトレーニング〟を持って訓練場を走れ』
『はあっ……はあっ……、は、はひぃ!』
【裁縫】スキルのおかげで、魔素で編んだ黒い体操服とブルマを着せて走らせる。
ゴブ魔素の効果なのか、アンジェの細ももが少しずつ太ももに成長しつつある。
『ゴッフッ! ……ウゴガアァアアアッッ!!』
……おや!? 嫌われゴッフの様子が……!
周囲の同胞たちを経験値にした嫌われゴッフが突如、地にひざまずき体を丸めたかと思うと、魔空の天に向けて凄まじい声を響かせた。
ゴブリン系は上位種に進化するんだっけ。ホブゴブの上位はなんだろ。
『俺の予想は――ボクホブゴブリンッ! あ、大山ボイスできた。【声真似】と名付けよう』
きっと緑色の皮膚が青色タヌキ体型に変わると思うの。
遊びのなかからスキルを生むとか、俺って天才肌だよね。
『はあっはあっ! あ、れは……はあっ、ゴ、ブリンベルセルクっかぁ! う、ウォーリ、アーですっ! はあっはあっ』
訓練場を走りながらの解説ご苦労。
俺の楽しみを奪ったお礼として、アンジェの後ろに元気なゴブリンを移動させて、リアル鬼ごっこを楽しんでもらおう。
『ゴブッ!? め、ス、メスメスメスがいるべぇえええ!!』
連れてきたゴブリンが、アンジェの汗の香りを思いっきり嗅ぎ、その匂いを股間に送り込んでぎんぎんの発情モードになった。
『――なんでですかぁあああ!?』
アンジェの叫びは、発情ゴブリンの足を加速させる効果があったとかなんとか。
◆
石造りの回廊の先に
農具がずらりと並ぶ土臭い場所だ。とりあえず回収しておく。
屋根や壁、少し傾いた戸の隙間から光がさし込んでいる。
『行けるのか? 外……』
光の成分には聖属性が含まれているという。
魔影の弱点、ちょっと外こわい。
『今のシェイドなら大丈夫! ただの光なんて
確かに目はない。
なんとなく大丈夫な気もするし、えいやと戸の隙間から……影糸だけ出してみる。
『――ぐぅ……あっあ゛あづぅ!』
『どうして!? シェイド大丈夫ですか?』
……様子見のために出した影糸で、思いっきりお空の光を見てしまった。
マジで目が潰れるかと思った、もちろん俺にはm ――(以下、略)
『……大丈夫だ、今この瞬間。俺は光を克服した!』
本当の理由は馬鹿すぎて言えないから見栄を張っておく。
『わぁ……!』
外の光よりも、アンジェから向けられた憧憬の眼差しが眩しかった。
納屋から出ると、目の前には手入れのされていない草ぼうぼうの裏庭が広がっていた。その先には、掃除が行き届いていない屋敷の裏手が見える。どこを見ても荒れた雰囲気しかないな。
そして、屋敷の方から嫌われゴッフ以上のヤバい気配を感じる。
今の俺の力では無理だ……そう俺の【気配察知】が『引き返せ』――
【危険察知】が『引き返したほうがいいぞ』――
【予感】が『帰ったほうがいい』、【虫の知らせ】が『後悔するぞ』、【直感】が『シンプルにイカ臭い』と――
『いや類似スキル多いなあっ! 教えてくれるのはいいけど、通知内容まとめろよ。あと最後の直感、ちゃんと仕事しろよ!』
仮面の回廊を一人で通らされる演出中の勇者の気分だったわ。
『魔影さんならスキル統合とか整理ができるはずですけど……』
スキルも形に出来るならアンジェに整理してもらうのに。
『自分でやるとか考えられない、したくない、人にやってもらいたいっ!』
『他力がすぎますっ!?』
俺の力強い宣言に、アンジェが可愛いお目々を丸くした。
『とにかくそういうのは後回しにして、いやーな気配が漂う屋敷も無視! ゲームと違ってスキップできるイベントは全無視するぞ』
納屋の後ろには木製の
冷静に気配を探れば、大小強弱の魔素の塊があちこちに感じる。
塀の向こうが街ならば、無理して屋敷探訪なんてする必要なし!
『影糸よじよじ……』
影糸を塀に沿わせて上へと伸ばし、てっぺんから路地を見下ろす。
『おおっ! まさしくファンタジー!』
影糸を揺らす風、異国情緒どころか異世界情緒あふれる景色がそこにあった。
四つ脚の獣……狼? が二足歩行で歩き、その隣を八本足のカバがあくびをしながら荷車を曳き、猿顔の馭者がしっかりしろと鞭を打つカバ車とすれ違う。
「待て―!」
「こっちに逃げるぞー!」
「キャフっ! キャフッ!」
宙を浮いたまま移動する半透明のクラゲと、それを追いかける魔物の子ら。
『ま、ま、魔物の町ッ!? 本で読んではいましたけど、本物はすごいです!』
大陸があり、国があり、町や村があり、ダンジョンがある。
ダンジョンには人間たちの拠点もあれば、魔物たちの拠点もある。
『あーこれが〝魔影の記憶〟に書いていたカバ車なんですね。すごい、本に書いていたとおりですっ!!』
アンジェ、大興奮の巻。
一度は読んでいる本を開いて、答え合わせをするかのように魔空のモニターと本を交互に見ている。
――いいか坊主ゥ。〝道の教えは本に勝る〟んらろぉ。
本で得る知識よりも肌で感じることが人生において大切なことだと。
公園のベンチで上半身裸になり、横たわっていた酔っ払いのおっさんの言葉を思い出した。
あのあと寝落ちしたおっさんの財布を抜いたのは俺だ。色んな思いや経験を肌で感じてくれたと思う。
『アンジェ、おっさんみたいだな。外に出るときは気をつけろよ』
『どう受け止めたらいい言葉っ!? 外……見たいですけど、私はまだ〝まぬけ〟のままなので……』
数分で目がかすみ、吐き気とともに魔力がどんどん抜けて元の痩せぎすの少女に戻ってしまうらしい。なんて不憫な子。
道ばたを元気に走り回る魔物の子らを羨ましそうに眺めるアンジェ。
『そうか。それじゃあ早くアンジェは強くならなきゃだな!』
『はいっ! 私っがんばりますっ!』
うん、素敵な笑顔。
『よし、じゃあ早速そこで走っている魔物の子らを魔空に招待して――』
『……え゛』
プードル、チワワ、ポメラニアン、柴犬、豆しば……の顔に小学生ぐらいの体を持つコボルドの子どもたちと影の薄い子狼を丸っとね。
いきなり真っ暗な空間に入れられたせいか、身を寄せ合う子どもたち。
『はい、張り切ってどうぞ!』
一匹ずつ順番に送るから安心して戦っていいぞ。
『え?』
『いや「え?」じゃなくて。経験値調達してきたんだが?』
『……誰の?』
『アンジェの』
『私の?』
『アンジェの、経験値』
『私の、経験値……いや、え、ははは――えええええッ!?』
人間の子どもってわけでもないし、見てみろこの怯えた子犬の表情を。
キュルルンっとしていて、小さく震えている感じ。
『犬だったら人気ランキング上位の種類だぞ。ほか、でもコレ魔物だから』
『その、そう、ですね。魔物、これは魔物。人類の敵、駆逐セヨ……』
なんかぶつぶつ呟き始めた。
『私はシェイドの役に立つって決めたんだ。あの人たちも見殺しにした、そう、今さらこんな魔物の……子犬のような愛くるしい……いやダメよアンジェ。魔物なんだから……家で飼っていたポチルじゃない、経験値だから……ポチル、経験値……うぅぅ』
『それじゃあ、まずはチワワ顔の女の子からどう――』
『無理ムリむり無理ムリむり無理ムリむり無理ムリむり無理ムリむりィィイイイイ!? えーもーむりー、ぜーたいーむり―だっひょーーーーーん』
アンジェが壊れた。
そういえば追い込むとポンコツ化するんだった。
『グルゥ……ワフッ』
『むーりーむりむりーあーポチルだー。かーわいー』
何かしらの幻覚が見えてる。
……仕方ないので
「わふっ?」
「……?」
子コボルドたちはしばらく周囲を見回していたが、宙を浮くクラゲを見つけると、また追いかけていった。
子どもって単純だよね。
『……クゥゥウウン』
『あーポチルだー、かわいーいいー』
壊れてしまったアンジェはとりあえず放置して、今のうちにこの辺りの魔影から最新情報を集めておこう。
〝魔影の記憶〟はいつの時代の記憶かわからない。アプデしないと。
――魔影だよ! 全員集合!!
……1、2、3……6。
『6匹か、少ないけど吸収! ……ん? なんか引っかかる?』
魔影が抵抗することもあるか? まあいいや、何が出るかな、何が出るかなー?
ジャジャーンッ! カトラリーセット、テーブルクロス、鍋!
『どこにいた魔影だよっ!?』
……とりあえずちゃぶ台にテーブルクロス、カトラリーセットを並べて鍋を置く。
鍋の中には生食パン。
『アンジェさーん、ごはんですよーっ。というか、そろそろ落ち着けよ』
『くーるーきっとくーるー、くるくる……ハッ!? 私、いったい』
『見えない犬の前脚をもってくるくる回っていたぞ。だいぶん体幹が鍛えられてきたな』
後ろに倒れそうなくらいのけ反って、かかとを軸に回っている状態とか体幹ヤバない?
アンジェの手の先に犬が幻視できるほどのマイムだったよ。
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