第12話 クズ、不和を嗤う

『影だからどんな形にもなれるっ!! そっかぁ、魔影さんの特性は影だから、スライムさんよりももっと自由なんだ! すごい、すごいです!』

『あ、うん、そうね』

『テンション大暴落っ!? え、どうしたんですかシェイド』


 俺が言いたかったことをアンジェが全部言ったせいだよ、悔しい! でもこれ伝えると、アンジェが気を使いすぎて黙ってしまうからな……許すっ!


『大はしゃぎのアンジェに軽く引いただけだ。気にするな、ははっ』

『すごく気にしますけどっ!?』


 本題に戻る。

 要は魔核コアも影糸を通って別の場所に行けるんじゃね? って話。


『その影は我のみなもとにしてしもべ、影に潜み、影を渡り、影よりいずる――【影移動カゲイドウ】』


 とまあ、雰囲気大事。


 スキルのイメージは、そうだな……魔影の視界の範囲で、魔核コアすっぽり入れる場所だけを候補として出して、選んだ影に移動する。こうやって定義づけるほうが、人間の先入観がある俺にはちょうどいい。


 便器裏から一番遠い場所は、首無しゴブリン事件の現場か。ゴブリンたちの足元に出来た影がいくつか選べるな。……却下だ、今は安全第一。

 こいつらがどこに行くのか予想できん。


『てことで、階段を上がってすぐの小部屋に移動だ。誰もいないし、机の影なら広くて快適! ……って思っただけで移動済み!? 魔影の能力ヤバない!?』

『や、ヤバいです』


 アンジェが肯定してくれた。

 超便利な移動スキルゲットだぜ!


『じゃあ早速、距離が縮まったところで、現場にいる奴らを魔空していこう』


 ゴブリンのほか、グラー隊長より体格はいいが頭の悪そうなゴブリンを魔空へ。

 その他にもグラー隊長格が2匹、でかいのが1匹。

 さらに、メイドの格好した人間……第一発見者か、冒険者風の人間や貴族風の女も魔空しておく。久しぶりに人間側の戦力強化だな。残念ながら我が同胞の姿は見えない。


『グララ?』

『ひいぃ、ここはどこなんですのっ!? ああ、気持ちが悪いですわ』

『あれ、ここどこだ。おい、グランフの旦那、どうする……あれいねぇな?』

『いったい誰がゴブスランを……む、ここはどこだね? ゴッフ、周囲を警戒しなさい』

『ゴッフゴッフ……』

『え、人がいる……なあ! あんたたち、助けてくれ。ゴブリンに使われるなんてもう嫌だ!』


 以上、殺ゴブ現場から別の現場に移動したときの混乱の様子でした。


 どちらの陣営にも戦力投入。

 貴族の女とホブゴブに命令を出している頭の良さそうな男、メイドはどうせ戦力にならないだろうし、吸収しておこう。魔素がうまし!


 ピコーンッ! シェイドは【マナー+3】【炊事洗濯】【裁縫】【服飾加工】【オートマッピング】のスキルをおぼえた。いや頭の良さそうな奴のスキルはどうした。あいつ見た目と話し方だけだったのか。


『魔影の俺がマナーなんて……』


 パンは一口サイズに皿の上で手でちぎって食べること。

 バターを使うときは、ちぎったパンに塗って口に運ぶのがマナーで、そのまま齧りついたり、バターを丸ごとパンに塗るのはタブーだってさ。

 とても要らないスキルだった。


 【オートマッピング】はすでに魔影の能力とだぶっている……ん? 違うな、魔空に浮かぶ3Dマップがわかりやすくなった。

 青い点が俺たち、黄色い点が中立か俺の存在に気づいていない、敵対する奴らは赤い点か。

 さらに俺が通った場所と通っていない場所が濃淡で表示されている。


 俺が通っていない場所は、吸収した奴らの知識が地図に反映されているんだと思う。超便利!!


 魔影の性能って……使う気がない魔影にとって、宝の持ち腐れだったんだな。

 猫に小判、豚に真珠、意思なき魔影にチート。


 石造りの回廊にある小部屋を物色しながら、影移動を繰り返す。


 ゲストルームでは、冒険者風の人間を中心に役割分担も決まって、ゴブリンたちを効率よく狩っている。あとから来た人間たちも素直に従っているようだな。

 一方、自分たちだけでは勝てないと悟ったゴブリンたちが、隊長格と合流し、何ヶ所にかたまって作戦会議をしている。……俺の魔空、なんとかドーム換算でも計算できない広さになってないか。


 さて、人間たちを狙うホブゴブチームには隊長格が数匹いる。


 一番人気はゴブリン視点だと知的で細マッチョなグランフ隊長。隊長のためなら命だってかける! そう思わせるカリスマ性がある……か知らんけど、ゴブリンたちの熱い眼差まなざしを浴びている。

 次いでグラー隊長とは違う進化? グラーよりも二回りほど大きな体躯で、安心感が売りのグララ隊長が二番目に規模が大きい。

 最後にチームを抜けようとするところりんされるので仕方なく所属しているゴブリンしかいない、嫌われ者ゴッフ隊長の3チームが目立っている。

 その他にも『グラー』『グララー』『ゴッフゴッフ』と鳴くホブは何匹かいたが、人間たちの拠点からは離れたところで集まっているから知らん。


 あ、そうだ、グラーを基準にサイズを計っておいてなんだけど、あいつはもう魔素にしておいた。


 ――き、貴様、魔影の分際でこのグラー様に……はいカット!


 探索していると、〝水聖霊の涙〟の劣化版〝水霊すいれい児戯じぎ〟という聖遺物がいくつか手に入った。〝暗闇くらやみの火〟と並べていくつか保管されていたから、遠征用に準備された物なのかもしれない。

 〝水霊の児戯〟は運が悪いと泥水が湧くらしい。地味に嫌なデメリットだな。

 こんな物でもアンジェに聞くとまあまあのお値段がするらしい。

 ゲストルームの光源確保と水場用として、あちこちばら撒いておいた。


 人間とゴブリンの観察用になりつつあるゲストルームだが、これからも色んな生物を入れるかもしれない。決して泥水を引いたときの人間のリアクションを見たいからではない。


『モニターの数が増えてきたな、魔影の全体視点をマスターしないと無理だ。これからも増えていくだろうし、ぐぬぬ……人間の感覚めぇ! アンジェも管理よろしくな』

『はい! ……私にもっといっぱい目がついてたら良かった』


 体中に薄紅藤うすべにふじの瞳の生えた少女とか怖いわ。


『いやそんな妖怪を飼う気はない。アンジェはそのままでいい』


 可愛さ重視で頼む。


『かわ……っ! あ、ありがとうございます。頑張ります』


 なぜそこで顔を赤らめる? 百目鬼どうめきだって可愛いのに! って感じでオコなのか? 人の好みはわからんな。


『人間たちは強い、俺たちも力を合わせよう』


 色々とさておき、グランフの呼びかけで3チームの隊長格が集まる。主導権争いの始まりだ。


『ちっ仕方ねえな。部下どもと話してくるから時間をくれ』


 グララは渋々承諾。


『おでが一番ならいい』


『グララ、協力に感謝する。さて俺も部下に今後の事を話してこよう』


 嫌われゴッフの意見は無視された。少数派の意見は有益なものしか採用されない。


『ということで、嫌われゴッフに生食パンをプレゼント』


 ……めっちゃ食うな。部下の分も渡したつもりだったのに。追加でゴッフの部下の足元にもパンを置く。


『――ッ! っ! っ!』


 パンの匂いに釣られたのか、嫌われゴッフ隊のゴブ数が一気に膨れ上がる。

 ただ、食べ物がなくなると、ゴッフ隊にいたゴブリンたちも他の隊に紛れるようにして逃げた。


 ぽつんと残る嫌われゴッフ。


『あいつら……どこ行ったべ?』


 部下に逃げられたことに気づいてなかった!


『かわいそうだから、ゴッフにだけ大斧をプレゼント。お前の部下はグランフのところにいる、というメモもつけておく』 


 ゴブ語の文字、ミミズが這ったような文字のほうがましだった。


 ゴトっという音に気づいた嫌われゴッフが、大斧に手を伸ばし、さらにメモをしっかり読む。

 良かったゴブ語が理解できる知識はあって。


『っ! ――――ッ!! っ!!』


 なんか大声を叫びながら、グランフ隊長のグループに突っ込んだ。

 振り回した大斧に部下ゴブリンの肉片が引っかかっててグロい。


 ここからは彼らの会話をアンジェにも教えるため、適当に翻訳しておこう。


「やめるんだゴッフ! 同族同士で争ってどうするんだ?」


 グランフ隊長が嫌われゴッフの説得を試みる。


「おで、馬鹿にした奴ら殺す! みんな殺すだぁ!!」

「くっ! だったら俺を最初に殺せっ! 仲間が仲間を殺すとこなんて、俺は見たくないっ!」

「……っ! グランフ、おめえ……今おでのことを仲間と言っただか?」

「当たり前だろゴッフ。お前だって俺にとっては大事な仲間だ。――さあ、武器を下ろしてこっちに来い」


 グランフの真っ直ぐな言葉が刺さったのか、ゴッフが大人しくなった。グランフは歓迎の意を込めて両手を広げる。


「……でも、おで、おめえらにひどいことした」


 ゴッフが両手の人差し指を合わせて戸惑っている。

 ちなみに伸びきった爪がドン引きするほど汚い。


「そんなの気にするなッ! 大丈夫、ここには君を馬鹿にする奴なんていないさ」

「あ、ありがどぅグランフ……! おで、おで本当はさびし――」


 なんだか良い話にまとまりそうなところで、グランフの取り巻きゴブAの剣に影糸を巻き付けて、嫌われゴッフの背中を切りつけてみた。


「イダァっ! ぎぎ、きざま゛ら゛ぁ!! おでを……おでをだばじだぁ゛!!!!!」

「ぎょぶヴぇッ!?」


 ゴッフの怒りの裏拳でゴブAはミンチ。目を血走らせながらグランフを睨む。


「ち、違うぞ。俺はそんな命令は出していない。ほら、俺はこのとおり無防備だ、ゴッフ信じてくれ」


 ゴッフの迫力にも負けず、グランフは再び両手を広げてみせた。


「ごっふ、ごっふ……――ゴォアアアアッッフゥ!!」


 嫌われゴッフが、目と鼻から汚い粘液を垂らしながら、大斧を両手で後ろに振りかぶり、グランフに向かって跳躍。その脳天を粉砕するべく、全身の力を込めて斧を振り下ろした。


 ――ギャァアアアアアッ! グランフの体が左右に割れた。


「グランフ様っ! くそ、よくも!」

「おめさ……なんで、なんでそんなごどできるぅ!」

「てめぇの血は何色だべ!」


 グランフの配下対嫌われゴッフの戦闘が始まった。ちなみにゴブリンの血の色は青緑。


「う、うるさい。さぎに裏切ったのはおめだぢだ! みんな、おっねぇえええええ!!」

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