第9話 クズ、復讐を誘う

 そんな貧乏な魔抜けたちに救いの手。


『はい、でも今は教会の方たちが保護してくださいます』


 魔抜けの子が無事に成人を迎えると、貴重な聖魔法の使い手にジョブチェンジするらしい。

 だから今の世では、教会の屈強なムキムキモンク軍団が、貧乏な魔抜けっ子を鍛えてくれるらしい。もちろん無償じゃないんだろうな、お代は教会への忠誠か感謝か、生涯隷属か。


 アンジェはどこぞのお嬢様っぽいし、本当だったら札束レベリングで治療する予定だったんだろう。


『たしかアンジェは裏社会のボスの娘で、幼い頃から身近に犯罪者や荒くれどもを従えていたけど、ある日組織のナンバーツーの裏切りによって魔影に入れられたんだよな……』


 仁義なき戦い。女はいつも陰で泣くんだ。

 アンジェの悲しい生い立ち……。


『知らない私のバックストーリーっ!? 私は商会の娘、です』


 ぜんぜん違った! 完全に聞き流してた、だって俺には聞く耳がない!


 あらためて語るアンジェの話を雑にまとめると、母親がアンジェ5歳のときに原因不明のやまいかかって他界、父親との関係は悪くなかったが、超多忙で心配性の父親を安心させるためアンジェのほうから再婚を提案したそうだ。

 再婚相手は、母親の学生時代からの友人で、母親やアンジェの世話係の女だった。幼いアンジェが〝再婚〟なんて言葉の意味を知っていたのか不思議ではあったが、父親はこれを承諾。


 世話係の女は、商会長の妻の座を手に入れた。あとは、わかるな?


 アンジェも薄々は感じ取っているようだが、俺には裏が見えた!


 父親が商会の運営に専念し、家庭のことを義母に任す。

 権限を得た義母は徐々に本性を出していく。

 具体的には使用人の入れ替え、アンジェと父親の関係性の破壊。

 増長する義母の振る舞い。いつの間にかアンジェの義姉になった義母の連れ子。


 そして孤立するアンジェ。


『運悪く私が〝け〟になったこともあって……、病気がうつるといけないからって屋根裏部屋に』


 魔抜けは人に感染うつるような病じゃないが、義母からしたら渡りに船だったわけだ。


『金持ちパワレベ費用ももったいないし、教会にやってもらう手配を義母がして。うん、それもう完全に義母に嵌められてるな』


 善良そうな夫婦とお馬鹿な娘。俺が義母の立場なら――


『それは……わかりません』


 義母の善意を信じたい気持ちが、認めたくない。そんな感情がぜチャンプルーなアンジェ。


『じゃあ俺が全力で〝魔影の記憶〟を調べてアンジェに教えてやるよ』

『シェイドの全力を使いどころ、ここですかっ!?』


 現実をしっかり見せてやろうという親心? 情報を検索検索ー。


 ――ああ、やっとあの女の顔を思い出さなくてよくなるわね。


 ヒット! 音声付きで親切だけど、甲高いマダムの声が不快だ。


 ――お母さまぁ、これでディート様は私の婚約者になるのぉ?

 ――ええ、そうよ。イザベラ、あなたは王子様の婚約者になるの。……そのためにも、わかるわね?


 甘えた声のメスガキとマダムの野心。


 ――はい、この魔影になかに……アンジェお嬢様を入れて、第5階層に放ちます。もうこの国に戻ることはないでしょう。もちろん表向きは、〝魔力脱漏だつろうびょう〟を患ったアンジェお嬢様が護衛とともにダンジョンに入り、そのまま行方不明になってしまわれたと、旦那様には報告いたします。


 しかめっ面を極力出さないように努めている男の声。

 表情筋を鍛えているようだけど、男の手のひらの上にいる俺にはしっかりと苦悶の表情が見える。……そんなに魔影を持つのは嫌なことか? あとで泣こう。


 この場にいるのは、意地悪そうなそばかすのメスガキと、扇子で顔半分を隠したオホホおばさん、そして執事風の男。

 その足元はアンジェ、と思われるミイラ。聖布を何十枚も、アンジェに巻き付けて魔影対策はばっちり。


 覚醒前の魔影おれに、アンジェを収納させてダンジョンに放流、そのまま亡き者にしたかった。少なくとも後妻とメスガキはそうだろう。

 ……ただ、俺にアンジェを吸収させるつもりなら、魔影対策とか必要か? もしかしたら、魔影への嫌悪感が強すぎて嫌がらせしたのか。


『おのれセバスチャン! なんて嫌な奴だ!』

『あれ、私、セバスさんのこと話しましたか?』


 イガのハットリ、スパイの007ジェームズ、そして執事のセバスチャン、全部コードネームみたいなもんだろ。


『セバスさんかぁ……。セバスさんだけはずっと私に優しかったなぁ。私がちちさまやははさまに会いたいって我がままを言うと、いつも困った顔をしながら私の頭を撫でてくれました』


 懐かしそうに目を細めるアンジェを見て、セバスの狙いが見えた。


『なるほど、セバスは幼女愛好家であるがゆえに、アンジェをそのままころりんするのがしのびなかったということか』


 セバスは幼いアンジェとの触れ合いに執着していたのだ。

 イエスロリータ、ノータッチを破ったクズ執事め、手袋をしていればセーフだとぉ!? 許さんぞ。


『事実無根の解釈ッ!? あの……セバスはそんな人じゃないです』


 あれ、声に出てたっぽい。アンジェの声色に怒気が少し混ざったが気にしない。


『セバスの趣味嗜好の真偽はさておき、魔空で目覚めたアンジェは俺が覚醒するまでの間、水と魔素で生きていたんだな。ずっと一人で……』


『はい、でも魔影さんの記憶を読むのが楽しかったので大丈夫です』


 アンジェを吸収したら【夜目よめ】スキルとかゲットできそうだな。この暗い世界で本だけが友だちとか……ありといえばありか。〝魔影の記憶〟には動画もあるし、むしろ最高かよ。


『んー、それでアンジェは家に戻りたいとかあるか? 戻りたいだろ、戻って復讐しようぜ!』


 レッツ復讐っ! カモンざまぁ!! 魔影の記憶を辿れば住所特定できるぜ。


『ううん……もういい、です』


 アンジェは小さく首を振る。と言いつつも、唇を噛んでる様子から悔しさはあるらしい。


『えぇー復讐は楽しいぞ? 見ず知らずの人間たちへのざまぁより、知ってる奴らの吠え面最高だからな』


『そこ普通は、復讐は何も生まないとかでは……』


『いやいや! すっきりするって! やろうぜ復讐っ! そんで、アンジェは商会のお嬢様に返り咲いて、白馬の王子様と結婚して幸せな家庭を築くとか』


 オウチ食品シリーズで観たことがある展開だけど、あれも最後にざまぁがしっかり用意されているから視聴率が稼げたんだ。


『わっ私はここがいい、です。魔素もいっぱいあるから食べなくても生きていけるし、本もいっぱいあるし、それに……シェイドもいるから。えと、私……もっとあなたの役に立つから、ここに置いてほしい。だめ、ですか?』


 松明に照らされたアンジェの淡紅藤の瞳が影人形シャドーの視覚を通して俺に突き刺さる。

 顔の輪郭やパーツの配置、ぷくっとした唇――こいつ、やっぱり美少女だ……!


 ……脊髄反射でだめじゃないって言いそうだった。脊髄ないけど。


『ひ、必死かよっ! ……別に今すぐ出てけって話じゃないし、アンジェの生家を目指すわけでもないから。そういう選択肢もあるぞってこと』


 復讐したいわけじゃないけど、後妻親子や手のひらクルーした使用人たちが嫌なのか、王子様との婚約が嫌なのか、まさか魔空の居心地がいいからとかはないだろう。


『ありがとう、シェイド』


『そ、そういうことはもっと太ってから言え!』

『お礼と見た目の因果関係っ!?』


 〝因果いんが〟とか仏教用語を使いこなすアンジェの知識の高さより、異世界コミュ力の高さが気になった。


『アンジェ、仏教ってわかる?』

『はい、神さまの教えです』


 創世神ユグドラルを中心とした宗教のことを話し出した。


『ブッダ、イエース、キリスート?』

『ぶっだ……きり、すると?』


 ぶった切りストって物騒な神様が誕生した。


 〝魔影の記憶〟が前世の国言語とコッチの言語を翻訳しているのか? そう考えるとゴブリン語も俺には理解できていた。

 まさか【異世界共通言語】が標準装備されているか、この種族。


『魔影ヤバない?』


『ヤバなくない、シェイドは優しいです』


 ……誤訳というかニュアンスが違って伝わることもあるらしい。


『ま、いいか。それじゃそろそろ人間対ゴブリンの戦いも落ち着いてきたし、今の魔力量ならグラー隊長にも勝てそう。――今度はこっちから仕掛けていくか』


 もちろん本体はこの場でステイだ。

 悲しいことにトイレの物陰が安定安心、住めば都は本当だった。慣れって怖い。


 ……影糸放出、魔力体と同じサイズのダミーを作成。

 探索していこう。


『それじゃ、でっぱーつっ!』


『……しんこー』


 アンジェが細い腕を上にあげる。

 ……ゆるい門出は嫌いじゃない。

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