第8話 クズ、まぬけを知る


 牢屋を綺麗さっぱり無人にしてから1時間以上が経った。

 魔空収容所では聖布を見つけた奴が、魔素耐性のない人間たちの体に聖布を巻き付けて看病している。


「グギャギャッ!? いないぞっ! アイツラ、どこだっ!?」


 そんなときに見回りゴブリンその1がやって来て、誰もいない檻に顔を突っ込んで人間たちを探し始める。


 鼻息がフゴフゴうるさいし、仲間を呼ばれても面倒なので、探し人たちのいる場所にご案内してやった。


『――――ッ!?』


 人間たちが魔空を脱出しようと周囲を探索したり、俺が解禁してやった魔法やスキルを使ったりで、忙しいところにやってきた招かれざるゴブ。


『なんか落ちてきたっ!』

『ゴブリンがいるぞっ』

『囲めっ! みんな武器を取って囲むんだっ!!』


 ゴブリン1匹に対して人間たちは総勢8名。だいぶ減った気がする。

 ちなみに吸収した人間たちの持っていた記憶は〝魔影の記憶〟として本になり、人間が使っていた魔法【生活魔法】シリーズやスキル【恫喝どうかつ】【威嚇いかく】を使えるようになった。

 ……魔影の性能や能力に失望していたけど、このまま吸収を続けていけば勝ち組になれる予感がする。


『グギャッ! ぎゃぎゃっ! ――ウ゛ン゛ッ! ヴッヴッ……!』


 収容所の新メンバーだが、早くも人間たちによって囲まれてリンチを受けている。

 俺が最初に話しかけた女が、鬼気迫る表情でゴブリンの股間に蹴りを何度も入れているせいで、後ろの男衆がひゅんってなってるぞ、やめてさしあげろ!


『俺はひゅんっなるものがないけど、見るだけでもメンタルに来るな……』


『ひゅん……?』


 落ち着きを取り戻したアンジェは本の虫だ。

 謎のオノマトペに反応して顔を上げた。


『アンジェは知らなくてもいい擬音だから調べなくていいよ』


 むしろ見ちゃいけませんよ?


「おいゴブロンどこ行ったー? サボってんじゃなギャアァァァ――」

「なんだべ? どうした……うわぁぁああ!?」


 現在進行中で股間を蹴られているゴブリンが見回りから戻ってこないからか、2匹のゴブリンがやってきたのでさっくり魔空する。


 1匹目のゴブリンは死にかけ、新鮮ゴブリン2匹投入で戦局はどうなる?


『2匹ぐらい増えたところで俺に勝てると思うなッ!』


 強い奴がいるっぽい。


『まだ増えるかもしれないってのに……おい、あまり前に出るにゃぁああぁぁ』


 冷静に指示を出していた後衛の全身を影糸で巻き取って全力で吸収。外だったらプチっと切れた糸も、魔空でならいくらでもつなげられる。アンジェの魔空で吸収する案はナイスだったな。


 ……うぐっ! きた、きた……キターーーー! この魔空が広がる感じ、イイネ!

 

 みなぎる魔素は魔核コアの防御に回す。痛いのは嫌どころか、死んじゃうのは嫌なので極振りですよ。


『むっ? なんだかゴブリンたちが向こうから近づいているッ!?』


『【気配察知】があると、周囲の気配に敏感になれるそうです』


 レベルアップとスキルゲット! 人間うまうま。


『ハァ、は、ァ……ゴ、ブぶ――ぐヴぁッ……!』


『うーん、ゴブは微妙だな』


 人間に比べると強くなった感じがぜんぜんしない。

 俺の心が反映したのか影人形――シャドーが腕組みをしながら首を傾げる。あぐらをかいて落ち込んだ感じでガクッとうつむいてみる。


『そう、なんですか?』


 アンジェが心配そうに影人形シャドーの顔を覗き込んでくる。表情なんてないぞ?


 白と銀の髪を耳にかけて覗き込むスタイル――前かがみになる分、アンジェのチュニックが無防備に開く。そして、俺はそんなアンジェにむらむら……しなかった。


『顔は可愛いけどスタイルは枯れ木、やり直し』


 痩せぎすのアンジェ。水と魔素だけでよく生きていられるな。


『心配したのに文句しかないっ!?』


 こうかな、いやこうすると……一生懸命ポーズを決めているアンジェはさておき、もう少し人間とゴブリンどっちが俺の糧として美味しいかを検証していこう。



 はい結果発表ーッ!!


 俺にとっては人間たちが当たり、これは捕獲したコイツらがって意味じゃなくて、人間という種族に特典がついてるぽい。

 ちなみに次から次に押し寄せる捜索隊ゴブリンズを、片っぱしから魔空送りした結果、魔空収容所はすっかりゴブリン色に染まってしまった。


『はあ、はあっ。あの魔影の野郎、ゴブリンに頼りやがって!』

『キリがないぞ、これ。クッ! うりゃあっ!!』


 人間たちの奮闘むなしく、さっきまで元気だった髭面のおっさんも疲労困憊。このまま楽にころりんされないようにゴブリンの数を減らす。


『ギャギャッ!』

『ぐぅっ! ぜひゅ……ぜひゅ……』


 ゴブリンに殴られて死にかけた奴発見! きっちりいただきやす。


 こんな感じで人間たちを吸収してみたのだけど。


『取れたスキルは、【気配察知】【隠密】【隠蔽】【暗殺】【無音行動】……見事に暗殺系統ばかり。気配察知とか重複したスキルは進化! しないのか、せめて統合して整理しろよ……』


 他にも【手鼻飛ばし】【泣き真似】【仮病】【サイレント透かしっ屁・極】とか要らないスキルも取れた。マジでいらんっ!


『あの、実はゴブリンさんを倒してから私……変かも。シェイド、なんだか体が……』


 実験の一環として、アンジェの手で瀕死ゴブリン数十匹ところりんさせたところ、様子がおかしくなった。


『あ、熱い……です』


 顔を上気させたアンジェがチュニックの胸元を引っ張ってパタパタ。

 雪のように白い素肌と浮き上がった鎖骨を見て、何か食べさせようと心に誓った。


『アンジェ、ゴブリンの肉とか食べるか? 少しは食べたほうがいいぞ』


 影人形シャドーが差し出す両手にはモザイク肉がどっちゃり。


『食べ物の定義が広すぎですっ!? えと、それはちょっと……ごめんなさい』


 ほう、何でも俺の言いなりかと思ったけど、ちゃんと嫌なことは嫌だと言えるんだな。

 そんな少しずつ俺との距離感を掴み始めたアンジェは、ゴブリン大ころりんで【力+1】をゲットした。人間のスキル獲得率は低いみたいだな。


『基本的に俺がどんどん吸収して強くなる。アンジェはおまけで強くなるという方針でいくか』


 アンジェを強くするよりも、まずは自分が強くならないと。


『はい、シェイドが強くなってくれたら、私も〝まぬけ〟じゃなくなるはず。そしたら、もっともっとシェイドの役に立ちます』


 俺が強くなればアンジェは〝まぬけ〟じゃなくなる? なんだそれ、風が吹けば桶屋が儲かるの異世界バージョンみたいなやつか? とか影人形シャドーの首を右に左にとひねりまくっていたら、アンジェが〝まぬけ〟のことを教えてくれた。


『――へー魔力が体内から漏れ出ていく〝魔力脱漏だつろうびょう〟ね。別名〝け〟か、一字違うだけでだいぶ違うな。えーとアンジェは聖力の体内保有量が多すぎるせいで、魔力がない。で、抜けた魔力を補うために生命力を使って結果的に死にかける? うん、意味がわからない』


 白血球だっけ、多すぎると暴走する人体の神秘。


 おさらいっ!


 この世界の人間は、聖力と魔力を体内に宿している。

 どちらも生きるために必要な要素だが、聖力と魔力は反発しあう性質を持つ。

 聖力を多く宿す人間は、魔力を体内から排除しようと動く力が強い。


 アンジェのような魔抜けな子は、聖力が多すぎて自分が生きるために必要な魔力まで排除してしまうな体になっていると。


『結局、一周まわって間抜けかよ!』


『唐突な罵倒ッ!? たしかに食べないと死んじゃうって思って怖がってたから……』


 私は間抜けですけど、ってそうじゃないよ。


『私、ずっと不安だったんです。だけどシェイドの中なら私の魔力は抜けないし、むしろシェイドの魔素が私の中に入ってきて……体が熱い、ぐらいです』


 頬を少し染めながら、そっと下腹をさするのやめようか?

 なんだか俺のイメージが悪くなりそうだわ。


『……普通の魔抜けの治療法は、魔獣や魔物を倒したときに出る魔素を吸収して、基礎的な魔力保有量を増やすこと。体内魔力が増えていけば、体内聖力に対抗ができるから健康的な体に成長できると?』


『はい、成長する……といいですけど』


 おい揉むな! どこをとは言わんけど、発展途上の慎ましい部分を揉むんじゃない!


『ゴッホン! んで、昔はパワーレベリング――健常者が魔物と戦って瀕死に追いこみ、魔抜けがとどめを刺してレベルを上げていたけど、それができるのは金持ちだけ。貧困層にとっては死病だったわけだ』


 さすが人間、素晴らしく汚くて大好き。

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