第5話 クズ、尻に話しかける


 ミディアムグレーを眺めてしばらく。

 きっちり落ち着いた。


『さっきの時間、結局何だったんだよ……』


『あ、えと、ごめんなさい』


 アンジェが謝ってきたから、アンジェが悪い。


『真面目に考えると話は振り出しか』


『……あの、ゴブリンさんの影はだめですか? あとは……ここの人たちと一緒に逃げる、とか』


 そういえばゴブリンの影に入る案って、一番最初にアンジェが言ってたわ。無意識で却下してた可能性ある。それより、二つ目の案はいいな。


『なるほど人間たちを囮にして、どさくさに紛れて逃げるのかナイスアイデア! ゴブリンの影、臭そうだけど仕方ないか。人間たちが逃げれば、ゴブリンも追いかけるはずだし楽ではあるな』


 それにしてもあどけない顔して、人間を囮に使うとかアンジェもやるやーん。人間は自分が助かるためなら、他者の犠牲をいとわない、これぞ真理だ。


『囮……? あ、いえそう、でした……ね』


 そんなつもりじゃなかったのか、アンジェの顔が曇る。


『ん? まさかとは思うけど、こいつらも助けてほしいのか? なんか弱みでも握られているのか? いや、それなら一緒に逃げる必要はないか』


 この場でころりんでいい。

 さて、アンジェはどう答えるか。


『それはもちろ……あ、いえちょっと待ってください』


 アンジェ長考。

 頭お花畑直行の答えを回避。


『30秒、40秒、50秒、1、2、3、4――』

『えっちょっ! えと、待ってください、あの人たちを……』


 手持ち時間は1分、秒読みは続く。


『5、6、7、8、9、じゅ――』

『あっあの人たちを囮にしてっ、それでゴブリンさんたちが混乱している隙に逃げます! 使えない人はシェイドが吸収して力にする! ……でも味方、使人なら助けてもいい、と思います』


 俺の案に、俺風味のメリットを出してきたけど、最後の『使えそうな』と言い換えたときの表情はすごく苦しそうだったな。


『ふーん、他人を気にかけるなんてアンジェは余裕だなぁ。俺は自分が生き残るのに必死なんだけどなぁチラッ』


『うぅ……ごめんなさい』


 淡紅藤うすべにふじの瞳に涙をためて、俺の正論パンチに耐えている。

 え、俺がイジメてるみたいな絵面ヤバない!?


『……とまあ、冗談はさておき』


 ごまかそう。


『え、冗談……? どこが、どの部分が……?』


 アンジェが頭を抱えてぶつぶつ言ってるけど、一緒にいたいのなら俺の価値観に慣れないとやっていけないぞ。


『まあ単なるモラハラだから気にするな。ははっ』


『もらはら……?』


 耳慣れない言葉だったのか、アンジェが〝魔影の記憶〟を開く。

 すぐに意味がわかったのか、そのまま本に顔をうずめて小さく震えている。


『検索はっや! それじゃ、このシリ……じゃなくて女に話しかけてみるか』


 いざ、第二異世界人にコンタクト。


 …………どうやって!?


『おーい、メンタル弱っているアンジェ先生やい。外にいる奴らが使えるかどうか、話しかけたいのだが。魔空のなかだと思ったことを伝えられるみたいだけど、外の奴らどうするの?』


 アンジェの前にいる影の形をハテナマークにしてみる。

 なお、異世界にハテナマークがあるかは不明。


『えと……魔影さんとの意思疎通は――ありました! まず〝影糸〟を出します』


『影糸? あ、この体にまとわりついているお毛々のことか』


 魔核コアが纏う魔素の体……魔力体? 表面を凝視すると産毛のような極細の糸がある。


『はい、それを相手の影に接続するとお話ができるそうです』


 ふむ? 影糸に集中してみよう。


 伸びろぉー、縮めぇー、交差して糸の強度アップー……なるほど大体把握ちゃん。


 強度を上げた影糸を女のシリかげから出して、さらに何本も合流させて、ねじってこよってアキラ巻きストール完成! じゃなかった。


 もう一度、編みあみ、込みこみ――なんか団子になったからやり直し。


『めんどくせっ! ひっつけよ、ってひっついた、いやひっつくんかい!』


 〝ひっつく〟って、方言らしいよ知らんけど。


 影糸と言いつつ、粘土的な成形ができるならイメージをこんがらがってしまった影糸に伝えて……手袋の形をイメージ。


『俺の美術1のセンスが光ったな。できたぜ手袋』


 ゴム手袋に口をつけて肺活量の暴力でパンパンに膨らませたら、コレになる。

 指が6本あるからニホンの天下人ヒデヨシ用だな。


『えと、過程は関係なくて……その、あのっ……何かの手に見えますっ』


 アンジェの優しさが沁みた。


 グー……指の部分が少し折れ曲がっただけ。

 チョキッ! 人指し指は前に、中指は後ろにクニャっと折れた。

 パーと大きく広げて、女のシリを……スパーンッ! なんか勢いでスパンスパン往復スパパーンッ!!


「きゃあっ! え、なに、誰かに叩かれたんだけどっ!?」


 さっと影の中に手を入れたからね、バレてなーい。

 ……あれ?


 俺はなんでこの女のシリをスパンキングしたんだっけ? 進行が迷子。


『あーそうだ、話しかけるつもりだったのに、うっかり手の形にしたせいでセクハラしちゃったのか?』


 そもそも産毛の極細糸でも会話はできるんだった。ついつい魔影の新機能にハマるのは仕方ないのだ。


『アンジェ、セクハラした?』


『私がしたことになってるッ!? それは知りません……』


 モラハラの単語調べたときに関連単語を学んだらしい。


 アンジェのジトっとした視線を無視して、女の影にアクセス。


『…………聞こえるか……今……女、お前のシリに……直接……呼びかけている――』


「なんでおしりっ!? え、誰? あたしに……え、ええ?」


 ばっと体を起こして周囲を見ても、自分のシリを見たところで、俺の姿は影の中。

 周りの連中の反応は、また一人狂ったかと慣れた感じで、女を一瞥したあと各々がぼんやりと宙を見つめている。


『ここから逃げたいか? 俺たちの味方になるなら助けてやってもいいぞ。あー……俺と話す気があるなら頭の中で言葉を意識しろ。慣れないうちは口を塞ぐのがコツだ』


 コツはアンジェ調べをそのまま言っただけ。


「えっと……むぐ」


 女は両手で口を押さえてから、目を瞑って『あー』だの『うー』だの言葉を作る。


『……だ、だれなの。これで、いい、の?』


 たどたどしいけど、まあいいや。


『それでいい。自己紹介をしようか、俺は超絶有能な魔影のシェイド様だ。気軽に様をつけてもらってかまわない』


『超絶有能……ま、か、げ……? 魔影? この魔影に名前がついてて、シェイド?』


 シェイド、サマな? 女の視線が床に向いたタイミングで、影から丸い塊を出す。

 あ、もちろん本体は影の中だ。


「うえっ! やだあたしのお尻に魔影ぇ……やだぁ影がずっとついてくるんだけどぉ。来ないでっ!」


 慌てた女がズザっと音を立てて横にずれる。いや、お前の影だから連れていけよ。


『で? 助けてほしいのか、早く答えろ。俺をイラつかせるなよ?』


 すでに俺の中では囮一択になっているが、一応聞いておく。

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