第3話 クズ、二つ名を勝手に名乗る

 間抜けだからメシを食いそびれて痩せた的な? それとも間抜けだから偏食しまくって体に栄養がいってないの?


『と、とりあえずメシを食え。ほら、これ硬そうだけど〝水聖霊の涙〟でふやかせば食えるだろ?』


 ノータイムで牢屋の人間たちの前に置かれていた硬パンを謎空間に回収してきた。

 頭おかしくなってる人間用のパンだし、盗られた本人は気づいてない。


『え、このパンを? わあ、食べていいんですか? ありがとうございますっ! 【水聖霊よ、我の呼びかけに応え給え】――美味しい……』


 聖遺物って詠唱いるんだ……ちょっと格好いい、ちょっとだけね。

 硬パンに水をぶっかけて、柔らかくしただけのパンが美味しいって、この子はいつから空腹状態だったんだよ。


『えっとお前さ、眠る前はどこにいたんだ? 親は?』


『えと……ははさまは……病気で死んで、ちちさまは……いません』


 いや捨てられた感じ? 悲しそうな顔と『いない』と言うまでので察したわ。


『そっかぁ、いないのか……』


 なんか気まず。

 そんなしょんぼり美少女に――


『でー、これからどうする? 落ち着いたっぽいし、ここから出ようか。ほら、外のお仲間と一緒に死にたいんなら牢屋に出してもいいし、楽に逝きたいならこのまま俺が吸収してやってもいいけど』


 追い打ちしちゃう。


 俺、人見知り、他人がいる、いや。

 オレ、魔影、ニンゲンお前、クウ。


『なんで死の二択っ!? えと、私、死にたくないです。できれば……ここに住みたい。ここはお腹が空かないし、〝まぬけ〟にならないから……お願いしますっ!』


『えー……』


 堂々と不退去宣言をするんじゃないよ。

 深々と頭を下げられましても。

 このまま俺の中に他人が住む、養う、育てる……やがて痩せ細った美少女はサナギから蝶に。


『なっても飛び立つ我が手から。……まあとりあえず現地民だし情報源として利用するだけでもアリかー? ……でもお前が使えなかったり、裏切りそうなら大事な物を奪わせてもらうぞ?』


 さりげなくお前の大事な命を握っているぞとちらつかせてみる。あところりんはしないが、やっぱり外には出てほしい。


『大事な、物……あ、えとこんな体で良かったら、その、不慣れですけど』


 あれ、どうした頬を染めて。

 命を差し出す覚悟はあるということか――


『とか俺は勘違い系主人公じゃねぇ! お前の命を握っているぞ、人を殺すことにためらいはないし、お前を吸収するぞって話だよぉ!! このおませさんめっ!』


 元々の生活環境は倫理クソくらえな場所だったし、さすがに人間マルカジリは無理だが、グロ耐性マックスだぜ。


『へっ? あ、あああ……私、えと、そのぉ……あ! でも、私は〝まぬけ〟だから聖力ばかりで魔影さんが吸収してもお力になれないかも』


 前半の顔真っ赤のリアクションはマル、後半は何を言っているかわからなかったのでバツです。


『……それに私には味方はいません。魔獣も魔物も……人も、味方じゃない』


 小さな拳をぎゅっと握って、体が震えている。


『全員が敵か、その考え方は同意する。つまりお前もいつか敵になるということだ。残念だけど俺はほぼ初対面のやつを身中に入れるほどバカじゃない』


 身中、物理的に受け入れているが、俺はバカじゃないのだ。


 バカじゃないが……、


『だめ、ですよね、私は〝まぬけ〟だから魔影さんに迷惑をかけるかもしれないし。……どうせ死ぬのなら、魔影さんに吸収してもらおうかな。あの、痛くしないでくださいね』


 牢屋に出したとしてもさ、俺がこのあと脱出するときに一緒に他の人間たちと逃げるとかーあるだろ? え、なんで絶望気味の上目遣いで優しく殺してーみたいな顔してるんだよ。


 そんな顔されたら、俺はバカじゃないけど――


『……はあぁ、とりあえずしばらくは居ていいとする。この世界を調べるとかダルいし。お前には〝魔影の記憶〟を整理して、俺が聞いたことに対して調べて答える仕事をやる。それが出来ている間は飼ってやる』


 年端もいかない美少女 (激痩せ)をペットにする。

 なんとも言えない禁忌な香りに惹かれたからという理由と、頭が良さそうだから役に立ちそう。

 決して! 情にほだされたわけではない。


『あ……はい! ありがとうございます!!』


 ペット扱いされてるのに、花が咲かせすぎて背景まで花満開の笑顔はずるいだろ。


『なんか調子狂うなぁ。俺だったら、俺みたいなやつが上にいたら超嫌いだけどな』


『え、そうですか? 魔影さんは優しいですよ、ふふっ』


『ここで笑うとか、お前は少女漫画のヒロインか……』


『あ、えと……ははさまがアンジェって名前をつけてくれたので、これからはアンジェと呼んでください』


 ――みんなからは〝まぬけ〟のアンジェと呼ばれてるのは内緒にしよう……とばっちり聞こえたけど、この子イジメられてたの?


『アンジェか、わかった。俺の名は……何だっけ? ……記憶が――あーもう面倒くせ、お前が俺の名前を決めろ。俺、ネーミングセンスない』


 前世の知識はところどころある。

 俺はろくな生き方をせず、ろくな死に方もしてないようだ。

 元々の名前は……ニホン名? 偽名ばかり使ってたせいかマジで思い出せねえ。


『私がっ!? えー、うーんと……魔影さん、かげ、影、陰。シャドウかシェイド……。シェイド、はどうでしょう?』


 光が当たって生まれる〝シャドウ〟じゃなくて、光からも隠れている〝シェイド〟か。

 魔〝影〟なら素直にシャドウで良くないか? 的確に俺のことを抉ってないかこれ。


『シャドウのほうがかっこいいけど、大事な局面で取り残されそうなフラグが立ちそう。だったらシェイドのほうがいいか、オケ! それじゃこれから俺の名はシェイドだ。二つ名は〝クズ〟にしよう』


 自分で何を言っているかわからなくなったが、別に名前をつけられてなんだか照れているとか、そういうのじゃないからねっ!


『……くず?』


『お前……アンジェの二つ名は間抜けなんだろ? だったら俺はクズにするって話だ』


 底辺二つ名マウントで勝った気がするドヤァ。


『二つ名……? わかりました、クズのシェイド様。普段はシェイド様と呼びますね』


『様はつけなくていい、敬語も使わなくてもそこまでこだわらない』


 かといって調子乗ってタメ口きかれるとイラっとするタイプのクズだよ。


『えと……じゃあ、シェイド……さん。あうぅ』


 一瞬だけ〝呼び捨て〟で距離詰めてからの〝さん呼び〟で離脱するヒットアンドアウェイ!

 これ、美少女だからこそ成立する可愛さかよ! 甘酸っぱい距離感つくられると落ち着かない。


『まあ好きにしてくれ……』


 名前なんてどうでもいいんだ。

 偽名や通称ばかりの人生で、本名忘れてても問題なかったし。


 ……ただ、シェイドって響きが妙に気に入った分だけ、自称間抜けのアンジェに優しくしてやろうと思う。



【おまけ】


 聖遺物で遊ぼうのコーナー。


『この短剣は〝風のささやき〟といって、波打つ刃の柄に風の力が封じられているそうです』


 刃渡り15センチ、薄い緑色の刀身。


 俺が使うと――


「くさっ!」

「おい誰か屁こいたぞ」

「ひっ……くさ……ひっ……くさ」

「ちがいますちがいますちがいます……」


 排泄物の香りを牢屋中にお届けすることができた。泣いてる女の人はなんかドンマイ。

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