第2話 クズ、便器の裏で天使に出会う


「グルァ、てめえら何もたもたやってるんだ!!」


「「「グラー隊長! すみませんッ!」」」


 ウソでーす、ムリでーす。


 ゴブリンの親玉みたいなのが出てきた。

 醜悪な顔はデフォルトとして黒い角が2本、肌が青黒い。

 そしてなにより体に纏うオーラ? 黒いもやもや~の量が、ゴブリンどもの数倍、同胞を吸収した俺の数百倍はありそう。


「おい、貴様らッ! 大量に魔影が入って来なかったか? グラー隊長の手を煩わせるなよ」

「黒くて! 丸いやつっ! ほらさっさと答るべっ!!」


 三下に成り下がったゴブリンたちが、ハンマーやナイフで檻をガンガン叩く。


 そんなことしても、牢屋の人たちが萎縮するだけだろ。


「グラー隊長ッ! あそこ、牢屋の中におらたちが入れてない人間やお宝があるべっ!」


「グラァ? ……ということは、逃げ出した魔影どもはここで割れたのか? ……グフゥゥ」


 グラー隊長が変な息を吐きながら首を傾げる。


「突然あいつら転がりだしたし、壁にぶつかったんでねえべか?」


「ふん、本当に無能の奴らだ。ま、隠れる場所もろくにないこんなところだ。人間に踏みつぶされたか、便槽べんそうに逃げたかだろう。お前ら、念のため便器の中に松明入れて魔影が隠れていないか確認しろ」


 鼻を鳴らしたグラー隊長がゴブリンたちに命令を下す。俺の種族、ずっと馬鹿にされてるんだが。


「へい、おい松明だそうだぞ」

「えっ? じゃあ、これ……」

「いやお前がやれよ。俺は宝を回収する」

「いやいやお前がやればいいべっ」


 便槽に松明、つまり便器の中に松明を突っ込む必要があり、そのためには見るからに汚れた便所に触れるしかない。


 醜悪な顔して綺麗好きかっ!?


「……グラァァ。誰でもいいから早くやれ! そこの人間にさせてもいいだろうが。お前らの頭は魔影か? 頭使えよまったく……俺は倉庫の方を確認に行く」


 少しは考えろと、グラー隊長は疲れた様子で来た道を戻っていった。


「……んー、じゃあお前やれ」

「ひっ、ひっ! ひぃぃ……」


 ゴブリンのランダム人選によって、便器の中に松明を入れるのは恐怖の表情を浮かべた女だった、残念っ!


 散々馬鹿にされてる魔影だが、俺は便器の中にはいない。便器の影に潜んでいるからニアミスだけどなぁ! ぐぬぬ、今は我慢だ。


 今は息を潜めてじっとしてやり過ごす。……俺に呼吸器はないけども。



 どれくらいの時間が経ったのか。

 俺の意識は便器の裏……ではなく謎空間にある。


 謎空間は数十匹の同胞たちを吸収しただけで、とんでもない広さになっている。


 そして目の前、人間的表現だと心の目には――


 ピリピリする布の上に正座をしている少女がいる。

 対する俺は全身黒タイツ、黒い人と呼称される某ミステリーの犯人のような形になって少女の前で腕組みをしている。

 絵面だけで言えば通報されそうだが、不法侵入しているのは少女のほうだ。

 俺は悪くない。


『その座っている布が聖布ってやつで、魔影が苦手としている物だと?』


『はっはい、そうです。これで包んでおけば魔影さんにすぐには吸収されないので、その間に物を運べるんです』


 薄暗いからシルエットだけだけど、背筋を伸ばして回答している。

 緊張しているのか震え気味でハスキーがかった声がうわずっているけど、そんなにびびらなくてもいいのに。


 少女は眠っているうちに魔影に収納されたらしく、目覚めたときには謎空間だったらしい。


『ふーん? で、お前は時々落ちてくる聖布せいふの中身を使って生活をしていたと?』


『はい、目が慣れてきたところで聖布にくるまれた物が聖遺物せいいぶつだってわかってからは……すみません、その、勝手に開けて使ってました』


 俺も目が慣れてきたけど、しょぼくれた少女の顔が見えた。

 ついでにそこかしこに大きな本が散らばっているのも見えた。本屋さんかな?


 〝水聖霊の涙〟という綺麗な水が飲み放題になる不思議な道具――聖遺物を使えたのは、少女が元々聖遺物関連の知識があったからだそう。


 聖遺物は貴重品で、一つ売れば一生遊んで暮らせる物もあるそうで、俺の中にある聖遺物は富裕層であれば所持できるレベルの物が多いらしい。知らんけど。


『あの、さっきはごめんなさい。まさか魔影さんの中と思ってなくて、明るさが欲しくて〝常闇とこやみ聖光せいこう〟を使ってしまいました』


 この聖遺物はいわゆる魔獣を寄せつけない効果付きの照明器具の一種で、大きさや光に籠められた聖力の量で価値が決まるらしい。もちろん、このバレーボール級の大きさであればお高いお値段になるんだとか。


『まあ暗い中に一人閉じこもる感じはメンタルにくるし、気持ちはわかる。光源は俺も欲しい』


 どうにも視界が暗い。

 

『でも……聖力が強いと』


『腹が痛くなる却下。なんかその聖力をどうにかできないか?』


『聖力の耐性を付けるなら……』


 少女が聖布を持ち上げる。


『それを吸収したら、耐性がついて電球も使える的な?』


『は、はい、そうです! えと確か……』


『うーん、感覚がなー……腹の中がピリついて落ち着かない』


 感覚的には急がなくても我慢してれば、俺の……というか魔影の本能が内部のものを吸収してくれそうである。

 それはそれで嫌だ。


 よし、この子に我慢してもらおう、そうしよう。


『あっ、ここです! ここに魔影さんには感覚遮断能力があると』っ!」


 少女が近くに落ちていた本を開いて俺に向ける。古じた紙にごちゃごちゃと小さな文字がびっしり、装飾も何も無い背表紙が煤けた黒の大きな本。


 こんな暗いところで本を読んだら目が悪くなるぞ。


『いや待てまて、その本なんだよ?』


『この本には魔影さんの記憶や知識が載っている辞書? ですか? あ! そうだ最近落ちてきた本は絵が動いたり、音が鳴ったりしてて面白いんですよ……あ、勝手に読んでしまってごめんなさい』


 暗がりでもわかるほど、少女の表情は花を咲かせて枯らしてと忙しい。好きなことだと早口になるタイプ――さてはオタ子か?


 オタ子は俺の中で過ごす間、暇つぶしに落ちている本を読み漁り、立派な魔影博士になったらしい。


『俺にこの中の事や魔影のことを聞かれても知らん。絵が動いて音が鳴る、それは〝本〟なのか?』


『……えと』


 オタ子から伝わる困惑の気持ち。


『だあー! とりあえず暗すぎて話しにくい!! 感覚遮断? うーん――それ貸せ』


 さっと奪った聖布を吸収……ピリピリ、苦い! いかん、感覚をオフ、オフ、オフおふぅ!!


『――できた! なるほどコツが掴めた。よっしゃ、聖布持ってこい、片っ端から吸収してやる』


『は、はい! ……どうぞ。あ、じゃあこちらも、わあすごいです。少し分厚いけど……これも! おおー!』


 オタ子が調子よく『はい、どんどん』『はい、じゃんじゃん』と俺に聖布を差し出してくるので、わんこそばじゃねえと軽くキレたら、激ヘコみしてしまった。


『む! そこのいじけオタ子よ。俺の頑張り9割として、なんとなく聖力? に対して強くなった気がする。褒めてやろう。んで、褒美じゃないがその不思議道具を使っていいぞ、あ、ただ一気に――』

『えっ! いいんですかっ? やったー! 【聖光よ、その溢れる光を発し、常闇に潜む魔を滅ぼし給え】』

『ギャー! まぶしいッ!!』


 一気にやるなよ、と伝えたかった……。

 明るさに飢えたオタ子のフルパワー! おのれ、さっきまで凹んでいたくせに。

 あと詠唱とはいえ『常闇に潜む魔』って魔影のことじゃないよな?


 あまりの眩しさに黒いもやが出たわ、いやなにこれ? 操れそう。

 

 この靄で光る球体を覆っていけば、


『……ふぅ、二重に輪っかのある蛍光灯で例えるなら内側だけならいけるレベル』


『重ねがさねごめんなさいっ』


 わんこそば風のかけ声のことか、それとも盛大な照明攻撃のことか、その全てにおいての謝罪か、この少女はマジで……マジで――


 聖力の光を浴びた少女の髪は月の光のように白く、少しだけ涙を浮かべたその瞳は淡紅藤うすべにふじを宿している。

 デカいイチゴ鼻が! とか、タラコクチビルゥ! とか、どこかサゲポイントがあるだろ。


 『天使かよ……』と思わず呟いてしまったけど、この配置も完璧な少女が悪い。


『でも痩せてるぅ、痩せすぎて、瘦せぎすぅ! やーい、痩せっぽちー!』


 見つけたぜサゲポイント! 栄養失調なのか、細すぎだろ。


『それは、その、私が〝まぬけ〟だからで……』


 いや俺はそこまで言ってないけど! え、ちょっと見た目のこと言っただけでそんなに凹まれたら俺が悪いみたいじゃない、やめろ。俺は悪くないぞ。

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