閑話11 自業自得の宰相殿

 ライアスは何度、フィリオーネに惚れ直せばいいのだろうか。ライアスは、フィリオーネが己の思考を軽く飛び越えた結論を出したことに感銘を受けていた。五歳年下の彼女の方が、よほどできた人間である。


 ライアスは兄の来襲以来、ずっと悩んでいた。ライアスは彼女に何も返すことができない。むしろ、フィリオーネの心をただいたずらに引っかき回している状態だ。フィリオーネの想いに、ライアスはどう応えればいいのだろうか。


 全てを知っている側と、知らずに過ごしている側。


 そこには大きな溝が横たわっている。結婚式当日、フィリオーネに殴られる覚悟が必要だなと思う。むしろ、殴られるだけで済めばいいが……。

 ライアスの悩みは他にもある。

 ライリーンの君として結婚の準備も進める中、ライアスはフィリオーネに手紙を書かなければならないのだが、なかなか内容が浮かばず困っていた。


 ライアスとの仲を容認するような内容は最低すぎて書きたくないし、結婚式に殴られる回数が増えそうだから駄目だ。

 だが、結婚式関連の雑談をするのはフィリオーネにプレッシャーを与えるような気がして気が憚られる。かといって、手紙を送らずに無言というのもちょっと違う。兄の件についての謝罪はしてしまったから、これ以上その件に触れるのもおかしな話であるし、本当に話題がない。


 仕方なく、事務的すぎて相応しくないが報告しておかないといけないことを渋々記している状態だ。第二皇子がフィリオーネと結婚したあとの母国との立ち位置についての取り決めが確定したという話題を手紙に書き記して空白を埋めることもあった。




 そうしてライアスが悩んでいる中、フィリオーネが結論を出した。それは、なんとも肝の据わった結論だった。これが生まれながらの女王としての器というものなのだろう。フィリオーネはライアスへの気持ちを肯定し、ライアスとの決別を恐れず、全てを抱えて前に進むのだと決めたのだ。


 フィリオーネに“あなたは私の財産”と言われた時には泣いてしまうかと思った。そして、“優しくて残酷だが正しい”と言われた時には兄の影響を自分が過分に受けていることを思い知らされた。きっとライアスは、この時フィリオーネに言われた言葉を一生忘れることはできないだろう。


 ライアスは、このフィリオーネの結論をある意味無駄にするのだ。


 ライアスに向けて「私、あなたに酷いことをするのね」と口にしたフィリオーネは、既に女王だった。彼女の姿に圧倒されている最中にライアスの気持ちを知ろうとしてくるのだから、気持ちの切り替えがすぐにできず、フィリオーネの催促を受けてしまった。

 指先でいじめてくるのは他の人には絶対にやってはいけないと、機会があったら指摘しようとライアスは決意したものだ――が、まだ指摘できていない。


 フィリオーネに乞われて紡いだ“彼女の好きなところ”はフィリオーネが今までに築き上げてきた女王になる者としての心構えを賞賛するだけになってしまった。だが、ライアスは本当にフィリオーネの高潔さに惚れ込んでいるのだから、許してほしい。フィリオーネの気高さには、きっと誰も勝てはしない。

 語りすぎたせいでフィリオーネがあっけにとられてしまっていた為、ふざけて話を終わらせてしまったが、あれは全て本心だった。




 結論が見えてからフィリオーネの態度は、変わった。

 ライリーンの君への手紙には、式が始まるまで顔合わせができないのは残念だ、と前向きな文章が綴られているし、ライアスへは今までよりも柔らかな笑みを見せてくれるようになった。

 “今日はライリーンの君の香水しかつけていないのよ”と手首を差し出してきた時には苦笑したが。軽い気持ちで提案したその案は、今では提案しない方が良かったかもしれないと思っている。

 提案した当初にフィリオーネの香水と混ざったそれを嗅がされた時には、あまりにも照れくさすぎて、すぐにその場を立ち去りたかった。

 あれは、いけない。ライアスは自分の首を絞めていた。


 それはともかくとして、フィリオーネの態度に合わせてライアスも方向性を微調整することにしたライアスは、第二皇子としての手紙の内容も結婚式に関する話題を混ぜるようにし、ライアスとしてはフィリオーネとの雑談の時間を設けるようにしていく。

 どちらの立場としても踏み込みすぎてやらかさないように、いつも以上に神経を尖らせる必要がある。だが、それもあと一ヶ月で終わる。

 一ヶ月後のフィリオーネとの結婚式は怖いが、この一ヶ月が早く過ぎ去ってほしいとも思う。ライアスは自業自得の複雑な気持ちを抱えながら、宰相としての最後の一ヶ月を過ごすべく資料集めに勤しむのだった。

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