第4話 受け入れたお姫様、宰相に問う

 フィリオーネは深く息を吸って、吐いた。


「ライアス、あなたはとても優しくて残酷で……でも、正しいわ。あなたが教えてくれたことすべて――もちろんこの恋心も、必要なものだったのだと思うわ。

 きっと、これを抱えていれば……女王として生きていける」


 沈黙するライアスをフィリオーネは見つめ、小さく笑う。


「そう考えると、私、あなたに酷いことをするのよね」

「……そんなことは!」


 静かに声を荒らげる彼は、本当に優しい。


「私は“女王になるからあなたとはさようなら”って言って、別の人と結婚するのだから」


 周囲に漂うのは、ライリーンの君の香り。さわやかだが甘さのある、手紙で知る彼のイメージにぴったりのそれ。未来の夫の香りに包まれてフィリオーネは苦笑する。


「私、きっと残りの時間、あなたのことを困らせてしまうと思うわ。でも、あなたはそのままでいてちょうだい。私、あなたに現実を突き立てられるのが好きなの」


 酷いわがままだ。フィリオーネはそう思う。口を閉じたまま、フィリオーネの声に耳を傾け続けているライアスの手にそっと触れた。


「あなたを手放す覚悟は、女王になる覚悟よりも……簡単なはず。あと少しだけ、私のわがままに付き合ってちょうだいね」


 置いていかれるのは、はたしてどちらなのか。フィリオーネはそれに気づき、切なくなる。

「ぎりぎりまで、私の宰相でいてね」

「あなたが望むなら」

 ライアスは、退任後どうするのだろうか。気にはなるが、絶対に聞く気はない。それをしてしまえば、きっとフィリオーネは全てを投げ出したくなってしまう。


「……ありがとう」

「それは私が言うべき言葉なのではないかな……」


 ライアス苦笑する。彼に表情が戻ってきたところで、フィリオーネは再び声をかけた。


「ねぇ、聞いても良いかしら?」

「私に答えられることなら」

「……私、あなたの好きなところを言ったわけだけれど、あなたはどうなの? どうして私にその感情を?」


 フィリオーネの質問に、なぜかライアスはぱっと顔を赤くした。


「そ、そういうの聞く!? こう……自然なタイミングで私が口にするのを待つとか、そういう……」


 動揺する姿が何だか可愛らしい。フィリオーネは彼の悪足掻きに首を振る。


「ないわ。だって、今聞きたくなったのだもの」

「……聞かれてから言うのは、少し難易度が」

「教えてくださる?」


 フィリオーネがこうして積極的にふざけられるのも、今日だけかもしれない。そう思えばこそ、今彼の話を聞いておきたかった。

 視線を逸らして押し黙ってしまったライアスの手を指先でなぞれば、ぴくりと震える。

 本当に緊張しているのね。

 フィリオーネは、催促のつもりで指先でとんっとたたく。あまりのしつこさに負けたのか、口にする決心がついたのか、ライアスは長いため息を吐いてフィリオーネに視線を戻す。


「私はフィリオーネの、負けない心が好きです。女王となるという重責をずっと抱いているはずなのに、私は一度もあなたから“女王になりたくない”という言葉を聞いたことがありません。

 かといって“誰かが代わりにやってくれないかな”とか、そういう甘ったれたことも言わない。私はその、真っ直ぐ未来を向き続ける姿勢を尊敬します」


 ライアスの言葉は、フィリオーネにとって意外であった。ライアスはそっと手のひらを返してフィリオーネの手を握る。


「あなたが……ただのわがままで見目麗しいだけの姫ならば、私の感情はこうも動くことはなかったよ。フィリオーネ、私はあなたの内面が……強くしなやかで、曲がりはすれど折れることのない強い意志に惚れ込んだんだ」


 ライアスはフィリオーネの中身しか見ていなかった。


「フィリオーネは頑張り屋だけれど、それを表に出そうとはしない。メタリナの君が非常識な話を持ちかけてきた時だって、冷静に対処しようとしていた。

 本当は私が、あなたを守る為に動くべきだったのに……」


 ライアスがメタリナの君に掴みかかった時、ひやりとしたことを思い出す。あの時は必死だった。とにかく、王女として適切な対応をしなければ、としか考えていなかった。

 発言している内に勝手に涙が出てしまい、完璧な姿とは言い難い結果となってしまったが。


「あの時、いかに自分が未熟者で、あなたの方がよほど為政者として素晴らしい心構えを持っているのかを思い知らされると同時に、その心の美しさに惚れ直した。フィリオーネ、私はあなたの高潔さに恋をしているのだと思う」


 フィリオーネがあまりにも大きな話になっていることに驚いていると、ライアスが「もちろん、あなたの笑顔は凛としたの薔薇のような輝きがあって好きですよ」と付け足してきた。

「当然よ。私は美しいもの」

 ついでのように褒められたのが逆に恥ずかしく感じてしまう。フィリオーネは尖った態度を返してやり過ごす。そんなフィリオーネの考えなどお見通しなのか、ライアスは小さく笑う。


「でも、やはり私はあなたの性格が何より好ましい」

「!!」


 更にそう付け足してくるものだから、どう考えれば良いのか分からなくなったフィリオーネは、ライアスからぱっと手を離して顔を覆うのだった。

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