第3話 お姫様は告白のお時間

 さっそくライアスと話をしてみることにしたフィリオーネは、意外な言葉を返されて困惑していた。


「ライリーンの君の、香水を……?」

「あっ! 殿下、別に私はあの方にそういう強い感情を持っているとか、そういうわけではないですよ!?」


 そういう強い感情とは、何だろうか。ライアスの言っていることが全く分からず、フィリオーネは曖昧な笑みを浮かべる。ライアスへの相談は「残りの時間を充実させたい気持ちはあるが、割り切れなくなりそうで怖い」というものだったはずだ。

 それがどうして、婚約者の香りを身にまとうことになるのかも分からない。


「ライリーンの君が私たちのことを容認するのは、殿下と私が信用されているからなのでしょう。それで、ですね。私たちが親しく見えすぎない為には、殿下が彼の香りを身にまとって婚約者との関係が良好であることをアピールするのがいいと考えたのです」

「……なるほど? それによって、私のこの不安が改善されると?」


 フィリオーネは首を傾げた。


「正確には、結果的に改善される……ですね。その香りを嗅げば、私も落ち着くと思うので……殿下にご迷惑をかけない程度には……多分……」


 どうやら、これはフィリオーネに直接作用するものではないらしい。


「試してみようかしら」

 フィリオーネは寝室から持ってきた香水を手首に吹きかけた。とんとんと、手首同士を重ねて馴染ませる。

「ちょっと、香りが混ざってしまっているけれど……」

 そう言いながら手首をライアスに向ける。


 彼はフィリオーネに触れないようにして香りを嗅ぎ、苦笑した。


「……混ざらない方が、良いですね。これは少し危険な香りだと思います」


 そんなに香りがぶつかっているかしら?

 フィリオーネは思わず手首に鼻を寄せる。しかし、そんなに悪い香りには感じない。内心で首を傾げていると、彼が咳払いした。


「殿下、そんなに嗅がないでください。見ているこちらが恥ずかしい……」

「あら、ごめんなさい。お行儀が悪かったわ」

「……いえ」


 変な空気になってしまった。しかし、これは確かに効果があるかもしれない。この香りに包まれていると、ライアスが少し遠く感じる。

 もしかしたら、ライアスが身につけている香水の香りがフィリオーネに届かなくなったからかもしれない。これは良い。思わぬ効果があった。


「ライアス、この案採用するわ」

「そうですか。ありがとうございます」


 何かしら、この会話。

 フィリオーネが思っていたのとは何だか違う気がする。しかし何が違うのか、恋愛初心者すぎるフィリオーネには分からない。


「無理に何かをしようとしなくていいんですよ」

「え?」


 ライアスの声色が急に柔らかくなった。


「別に、私に何か特別なことをしようとしなくていいし、私の視線にいちいち応えなくてもいい。フィリオーネにはフィリオーネらしく過ごしてほしいから、難しいことは考えずに過ごせばいい」


 お勉強の時はしっかり考えてくれないと困るけど、と続けるライアスに、フィリオーネはぎこちなく笑む。


「それが難しければ、私とのことは女王として国を運営する時の踏み台だと考えてみたらどうかな?」

「……踏み台?」

「練習台、でもいいかもね。切り捨てたくないものを自国の利益の為に切り捨てなければならない場面が来るかもしれない。私がその時の“もの”より価値があるかは別として、私とのは、きっといい練習にはなる」


 ライアスは、本当にどこまでもライアスだ。フィリオーネは続けられたライアスの言葉に、こういうところが好きなのだと気づく。

 フィリオーネはあえて自分のことを踏み台にしろと言ってくる男に笑顔を向けた。


「ライアス」

「うん?」

「……私、あなたのそういうところが好きなのよね」

「へっ!?」


 ライアスの素っ頓狂な声は珍しい。ふふ、と小さな笑いを漏らし、フィリオーネは言葉を紡ぐ。


「どこまでも為政者としての思考が抜けないあなたが好き。常に、私のことを女王にするべく考えてくれるところが、私が何者なのかを忘れないようにしてくれる。

 私、恋なんて必要ないし、誰かにそういう気持ちを抱くつもりもなかったのよ。だって、私は女王になるのだから。そんな浮ついた気持ちでは、この国を守れないわ」

「フィリオーネ……」

「でも、あなたを好きになってしまったの」


 フィリオーネは一旦区切り、飲み物で喉を潤す。ライアスは、フィリオーネの言葉を聞いている内に真剣な顔へと変わっていた。

 もしかしたら、こうして堂々と好きだと言えるのは、今だけかもしれない。フィリオーネは最後まで伝えきるべく、口を開いた。


「確かに、この気持ちを昇華させるには時間がかかると思うけれど、ライアスは単なる私の好きな人じゃないの。私の女王になろうとする覚悟を受け入れ、それに向けて全ての道を整えようとしてくれる人。これはもう、私の財産よね。

 ライアスがしてくれたことは、あなたが私のそばにいられなくなっても変わらない。今、そのことに気づいたの」


 ライアスの唇が真っ直ぐに締められる。何かを堪えているかのようだった。

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