第2話 侍女に助言される姫と甘すぎる宰相

 ライアスが甘い。甘すぎる。フィリオーネは、未来の義兄に開き直って好きに過ごせと言われたものの、やはり未来の夫に申し訳ない気持ちが浮かんでしまい、ライアスから向けられる視線を素直に受け取れずにいた。

 ライアスは、フィリオーネを甘やかそうとする時、必ず殿下とは呼ばずに名前を呼ぶ。名前を呼ばれると、反射的に胸がむずむずとしてしまう。そして、彼の顔を見て後悔するのだ。


 私はきっと、ライアスへの気持ちを振り切れないわ。だって、どんどん好きになってしまう……。


 フィリオーネが気にしすぎないように、ふざけた態度を取っていること。しかし、彼の視線に込められた熱がフィリオーネの心を焦がしてしまうこと。とても忙しいにも関わらず、フィリオーネとの時間を大切にしてくれること。

 絶対にフィリオーネに雑な対応をしないし、己の感情を押しつけようともしないこと。フィリオーネを次期女王として扱う時間もちゃんと持ってくれること。

 フィリオーネは今、ライアスにとても愛されていると感じ、実感するたびに彼への気持ちが増していくのだ。この気持ちはどうなってしまうのか。フィリオーネはおそろしくてたまらなかった。




「フィリオーネ様、アルバストゥル宰相にご相談なされてはいかがでしょう?」

「何を?」


 フィリオーネが首を傾げるとコドリナが変な顔をした。この表情は初めて見る。いったいどういう意味の顔なのか、全く想像がつかない。


「私共は分かっておりますよ。あの方とは今、相思相愛なのでしょう?」

「え……? あ……っ」


 彼女の頷きながらの発言に、フィリオーネは顔を赤く染めた。

「一月のお茶会の時に、アルバストゥル宰相には釘を差したつもりだったのですが……無駄であるとは思っておりましたとも」

「えっ、あれは、牽制だったの?」

 フィリオーネの言葉にコドリナは苦笑する。


「フィリオーネ様は、もう少しお茶会の立ち回りなどもお勉強なさった方がよろしいかもしれませんね」

「……政治中心に頑張ってきたのが、ここになって足を引っ張るとは思ってもみなかったわ」


 なんということだ。フィリオーネは一人で戦っているような気持ちでいたが、そうではなかったということか。


「……なんだか、馬鹿らしくなってきてしまったわ」


 今ならば分かる気がする。メタリナの君との話し合いが終わった後のライアスの気持ちが。


「まぁ、そんなことは仰らずに! 私共はフィリオーネ様の幸せのためならば、何でもするつもりです。それが、逢い引きの容認でも」


 コドリナを含めたフィリオーネの侍女たちが味方でいてくれるのはとてもありがたい。


「ところで、フィリオーネ様は本当にライリーンの君とご結婚なさるのですよね?」

「そうよ」


 当たり前の質問に、フィリオーネは頷いた。


「アルバストゥル宰相はどうなさるおつもりですか?」

「四月末で、よ」


 思ったよりも、普通の声が出た。今ならば、コドリナに相談できるかもしれない。フィリオーネは脈絡がないとは分かりつつも、口を開く。


「よくわからないのだけれど、メタリナの君が『残りの時間ライアスと仲良くしていても、ライリーンの君は怒らない』って……言っていて。それを聞いたライアスが、あんな感じに、甘やかしてくるようになったの」

「フィリオーネ様はお困りですか?」

「えっ? 私の気持ちが育ちすぎてしまいそうで、という意味では困っているわ」


 フィリオーネの回答に、コドリナはまた変な顔をした。


「はー…………春ですわねぇ……それは困っているとは言いませんわ」

「私にもわかるように教えてちょうだい」


 フィリオーネに乞われ、迷うように視線を揺らした彼女はゆっくりと近づき、フィリオーネの手を軽く握った。


「フィリオーネ様、それはご自分で気づいた方がよろしいですわ。代わりに助言いたします。

 私はフィリオーネ様をずっと見てまいりました。ですから、あなたがアルバストゥル宰相との関係を終わらせ、ライリーンの君と結婚なさろうとするのをおかしなことだとは思いません。一度決めたことを守り抜く、そんな姿を尊敬しております」

「コドリナ……」


 コドリナはそっと微笑み、フィリオーネに語りかける。


「きっと、誰もが後悔しないように、と助言してくるでしょうね。ですが、フィリオーネ様はそう言われたら、きっと全てを身の内に押し込めてしまいます。だから、私はこう助言したい。後悔したくなるくらい熱中してしまいなさい、と」

「後悔したくなるくらい……」


 質問に答えてはくれなかったが、コドリナのその助言は目からウロコだった。フィリオーネは彼女の手を握り返す。


「ありがとう、コドリナ。私……ライアスと話をしてみるわ」

「何が起きようとも、私共はフィリオーネ姫の味方ですからね」


 頼もしい侍女に、フィリオーネは微笑みを返すのだった。

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