第4話 悶えていたお姫様、宰相の宣言に言葉を失う

「フィリオーネ様が、アルバストゥル宰相に抱き着いた時はとても驚きましたわ」

「ええ。私も」

「み、みんなったら……」


 口々に登るそれらを王女として塞ぐことができず、頬を押さえることしかできないフィリオーネはじっとりとライアスを睨む。


「お二人だけの誕生日会をすると伺った時には婚約者を放っておいて大胆な、と思いましたけれど……あんな微笑ましい姿を見せられては、ねぇ?」


 コドリナがからかうように言ってくる。そんな彼女に調子に乗ったライアスが同調してくるのだから、フィリオーネはどう着地点を作ればいいのか分からなくなる。


「まさか。ライリーンの君を差し置いてフィリオーネに何かをするなんてあり得ない。私はこの国の忠臣だからね。グライベリード王国の宝をいつくしむことはあっても、裏切ることはしない」


 ライアスはそう言ってフィリオーネの遊ばせている髪をひと房手に取ってキスをする。そういう態度は心臓に悪い。

 フィリオーネは恥ずかしさに悶えればいいのか、ライアスのそういう態度に喜びを感じればいいのか、はたまた絶望を覚えればいいのか、分からなかった。


「私たち、お二人の様子にヤキモキしておりましたのよ」

「え?」

 新しい話題にフィリオーネが顔を上げれば、コドリナが「その顔ですよ!」と指さした。

「お二人とも、ずいぶんと仲が良いご様子。今の顔だってそっくりですわ」


 ぎこちなく横を向き、ライアスの顔を見る。そして彼の目に映る自分と、彼の表情を比較し――納得した。


「確かに、同じ顔してるわね」

「私はちょっと納得いかないな……」


 同意したフィリオーネとは違い、ライアスは否定した。


「今まで、これほどまでに親しい方がいなかったものですから、それはもうどうしたものかと」

「どういうことか、全くわからないわ」


 いったいそれが何を示しているというのだろうか。フィリオーネには全くピンとこなかった。


「何かの間違いで、フィリオーネ様がアルバストゥル宰相に懸想してしまったかと思ったのです」

「ミハったら、そんな真っ直ぐに言うなんて!」

「言わないと通じないわよ」

 何やらもめ始めた侍女のやり取りを眺めながら、フィリオーネはミハに言われたことを精査していた。


「懸想……? 私が?」


 つまり、侍女たちはフィリオーネがライアスに恋をしたかもしれないと考えていた。ということだ。周囲の方が理解していることもある、とはよく言うが、まさかそれがフィリオーネにも適応されていたとは驚きである。

 フィリオーネは純粋に驚き、そしてそれが事実だったということをどう何事もなかったかのようにするか、という問題を突き付けられた。


「どうしてライアスに?」

「まあ、私はとても優秀で魅力的だからでしょう」

「ちょっとライアスは黙ってて」


 自慢げに割り込んできたライアスをひと睨みすれば、彼は肩をすくめて口を閉じた。そのおどけた態度が気に食わない。が、今はそれどころではない。


「で、どうしてかしら?」


 改めて侍女たちに視線を巡らせて問えば、ミハが口を開いた。

「今までの人間の中で、彼はずば抜けて能力が高いです。となると、フィリオーネ姫は関心を向けるでしょう」

「そうね……」

 続きを促せば、なぜかミハはコドリナにちらりと目配せしてから言葉を紡ぐ。

「初めての異性への興味ですよ。恋に変わるのは時間の問題に決まっています」

「……どういうこと?」

「人を知る、ということは、人を好きになるということです。だからですよ」

 コドリナの補足に、フィリオーネは今までの流れを思い浮かべる。


 確かに、ここしばらくライアスへの好奇心が強かったように思う。そして、いつの間にかこうなっていた。


「私は、確かにライアスに執着しているけれど、それは宰相の手腕が惜しいからよ」

「分かっておりますとも。あのお誕生日会での会話を聞き、本当にほっとしました」


 コドリナはしっかりと頷いた。


「でも、ライリーンの君との結婚が近づいておりますし、アルバストゥル宰相の退任も近付いております。このままフィリオーネ姫とアルバストゥル宰相の関係が今のように健全であれば、私たちはそれだけで安心できますわ」

「――なんて?」


 コドリナの後からダチアが付け足した言葉に、身に覚えのない単語が入っていたフィリオーネは聞き直した。


「え? ですから、ライリーンの君との結婚が近づいて――」

「それ、いつの話?」


 私は聞いてないわ。

 フィリオーネは思わず身を乗り出した。フィリオーネの様子に異常を感じた全員が顔を見合わせる。


「私、その話……知らないわ。私が結婚するのは、いつ?」


 侍女の間に緊張が走るのが目に見えるようだった。だが、フィリオーネはそれどころではない。まだ、誰からもそんな話を聞いていない。


「フィリオーネはとっくに話を聞いていると思っていたよ」

「いつっ!?」

 戸惑う侍女の代わりに、ということだろうか。黙れと言われていたライアスが割り込んだ。


「私が退任したら、すぐですよ。殿下」


 ライアスの退任は四月末――ということは、五月。フィリオーネは思っているよりも早い自分の結婚に驚きのあまり言葉を失うのだった。

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