第3話 お姫様は羞恥に染まる時間
決意をしたからといって、気持ちを完全に振り切ることはできない。フィリオーネは侍女とライアスを招待した茶会で、それを実感していた。
「今日は無礼講でいきましょう。私はあなたたちへの感謝を表したくて、この会を開いたのよ。だから、礼儀作法はほどほどにして楽しんでほしいの」
「では、私は遠慮なく」
侍女たちが戸惑う顔を見せる中、ライアスが率先して態度を軟化させる。
「フィリオーネ、まさか全部の給仕を自分がやるとは言い出さないよね?」
「そのつもりだったけれど、駄目かしら?」
「みんなが好きなタイミングでやればいいと思う。そうしないと、ほら……既にもう彼女たちが困ってる」
ライアスが手でそっと示した先に、どうしたものかと相談し合う侍女の姿があった。茶会に招かれたからと彼女たちはそれぞれ着飾っている。貴族の淑女らしく、しっかりとドレスコードを守った彼女たちには、無理難題を急に押し付けられたと感じられてしまっても仕方がない発言だったかもしれない。
「あら、本当ね。今日は、給仕係がいない会だから、本当に自由に過ごしてほしいわ。ここにいる彼みたいに」
フィリオーネがそう言う間にライアスがティーコゼーを取ってカップに注ぎ始める。自由すぎる彼の姿とフィリオーネの発言に背中を押された彼女たちがゆるゆると動き始めた。
「フィリオーネ姫、本当にこんな、よろしいのですか?」
「もちろんよ。私、いつもよくしてくれるあなたたちとお友達のように過ごしたいの。もし、これが負担になるなら、いつも通りでもかまわないわ。とにかくゆっくり、気を遣わずに過ごしてもらえたら本当に嬉しいわ」
コドリナが恐る恐るといった風に近づいてきた。フィリオーネは心の底から頷き返す。
「ここ最近の私、ちょっと変だったでしょう? 少し悩み事があってそうなっていたのだけれど、その悩み事って思い返してみたらとても自己中心的なものだったの。
それで、気がついたのよ。私はもっと周囲に感謝すべきだって」
コドリナを席に案内しながら経緯を説明すれば、フィリオーネのこれがただの思いつきとわがままではないのだと伝わったらしい。コドリナの戸惑いに満ちていた顔は、安心したそれへと変わっていた。
「ダチアもミハも、ギアニもおいでなさい。あなたたちが好きそうなお菓子も用意したのよ」
「……では、失礼しますわ」
覚悟を決めた顔でミハが着席する。そんなに力まなくてもいいのに、とフィリオーネは思うも、彼女はあまり冗談の通じない真面目な部分がある。指摘せずにいた方が互いの為になりそうだった。
「私、フィリオーネ姫に言いたいことがあったのですが、よろしいですか?」
「あら、なにかしら?」
ダチアは着席するなり、身を乗り出してきた。
「フィリオーネ姫は、もう少しわがままに生きていいと思います」
「えっ?」
「あら、それは私も思っていましたわ」
次々と侍女から同意され、フィリオーネは目を白黒させた。ライアスまで無言で頷いている。
そんなに言われるようなことかしら?
フィリオーネが否定の声を上げようとすると、ギアニが口を開いた。
「女王に相応しくあれと、お過ごしになっているのは分かります。でも、全然その仮面をつけたままではありませんか。いつその仮面をお取りになるのです?」
私、見たんですよ。とギアニが続けて全員の視線が彼女に向かう。
「お誕生日会の後、アルバストゥル宰相と小さなお誕生日会をされている時に甘えていらしたの。私、それを見て、反省したのです」
フィリオーネは当時のことを思い出し、恥ずかしさのあまり退席したくなった。
私、ライアスに子供のように抱き着いて……! や、やましいことはないけれど、あんな、なんてこと!
「あっ、あれは、私、ライアスの任期終了が近づいている話を、して、その――」
「あんなに寂しがってくれたのは、本当に嬉しいよ。妹がいたらこんな感じなんだろうね」
「お、おだまりっ」
自分の気持ちを自覚してしまった時の、どさくさに紛れての行為を思い出す。あれは本当に失策だった。妹みたいだと表立って言われてがっかりする気持ちはあるが、フィリオーネの気持ちに気づいていないのだとも分かってほっとする。
しかしそれとは別に、こみ上げる羞恥心に頬に集まっていく熱が憎らしい。
黙れと言ったところでライアスは笑うばかりで、聞いてくれそうにない。このやり取りを見せられた侍女たちまで笑い出す始末。
空気が良くなったのはいいが、フィリオーネの精神はだいぶ擦り切れてしまった。
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