第2話 諦めたい姫と変わらぬ宰相
ライアスがフィリオーネの一挙一動を面白がっている中、フィリオーネは自分の何気ない一言で己の自分勝手な部分に気がついてしまった。色々尽くしてくれるライアスに対して何もしていない、と。姫としてライアスを評価したり、ということはしてきたが、フィリオーネとして彼に何かをしたことがないのだった。
そう考えてみると、最近のフィリオーネは最低な王女であったと言わざるを得ない。
いやだわ、私ったら自分のことばかり。勝手に好きになって、勝手に彼の態度が気に食わないって八つ当たりして、勝手に挙動不審になって、周囲を心配させて……。
振りかえれば、フィリオーネはずっと自分のことしか見ていなかった。
「殿下?」
「あ、ちょっと、気がついてしまったことがあっただけよ。気にしないでちょうだい」
「そうですか。もし悩み事であれば相談に乗りますからね」
「ありがとう。そうするわ」
相談できるわけがなかったが、フィリオーネはライアスの言葉をありがたく受け取った。些細なことでああってもすぐに気がつく彼のことである。あまり誤魔化しはきかないだろうが、彼の真摯な気持ちを拒否する気にはなれなかった。
「ライアス、あなたはいつも最高の宰相で素晴らしい家庭教師よ」
「何ですか突然!」
「頼りにしてる、ということよ」
フィリオーネはライアスの手をきゅっと握り、笑顔を向ける。
「優秀な臣下は評価しないといけないわね。さっきの言葉は撤回するわ。楽しみにしていてちょうだい」
少し行儀が悪いと思ったが、ぽかんとするライアスを置いてフィリオーネはさっさと馬車から降りた。残された彼がどうしたかも気にせず、そのまま自室へ向かう。
自己中心的な自分とはさようならしなければ。私は王女だもの。まずは、支えてくれている皆へ感謝をするところから。それから、自分の気持ちと折り合いをつけて、気持ちを切り替えて……。
恋をしてしまったのは仕方がない。ライアスは優秀で素敵な人物なのだから。どこまで割り切れるのかは分からないが、自分自身に恥じない生き方がしたい。
フィリオーネはライアスが去る時、そしてライリーンの君を夫として迎える時に後悔することがないようにするべく、自分にできることややるべきことを頭の中で整理し始めるのだった。
まずは、侍女とライアスを招いてお茶会をしましょう。そこで、銘々に贈り物を用意して。ライリーンの君を呼ぶことはできないから、彼には別の贈り物をしましょう。贈り物を大量に用意してくれた彼のことだから、もしかしたら、贈り物よりもおねだりの方が喜ばれるかしら。
フィリオーネはそれぞれが欲しがりそうなものを脳内にリストアップしながら便箋を取り出した。通常の手段では何を頼んでいるのか侍女に筒抜けになってしまう。今回は母の手を借りることにする。母との茶会の手筈を整え、その際にこの企みを相談する。そしてプレゼントの代理購入を依頼するのである。
フィリオーネは便箋に香水を振りかけながら、ライリーンの君へは彼が使っている香水をおねだりするのも良いかもしれない、と思いついた。
好きな相手の香りを身にまとうというのはロマンティックなのではないだろうか。
フィリオーネの本命はライリーンの君でなければならないのだから、彼の香りに包まれていたらライアスへの気持ちも少しは薄れるかもしれない。
彼への気持ちを失っていくことを想像するだけで切なくなるが、ライアスへの恋心をどうにかしない限りフィリオーネは後悔するだろう。
香りづけのできた便箋に、母へ茶会の誘いを綴る。
それが終わると、思い立った案を実行する為にライリーンの君への手紙へ「あなたの香りを手元に置きたい」旨を書き足した。返事の封をする前に思い立って良かった。フィリオーネはライアスへの気持ちを昇華させる一歩を踏み出すような気分でライリーンの君への手紙を封蝋した。
ライリーンの君へ手紙を送ると、手紙の返事よりも早くフィリオーネの手元に小さな香水瓶が届いた。不思議なこともあるものだと思いながら蓋を開ければ、確かにそれはライリーンの君が手紙に香りづけをしている香水だった。
ふわりと香らせると、少しだけライアスを忘れられる気がした。が、同時にフィリオーネがライアスへの気持ちを波立たせる原因となった数ヶ月前の出来事が浮かんでくる。
それは、ライアスが父王に呼び出されて約束に無断遅刻した時のことであった。
あの時、ライアスから漂ってきたのはこの香りだ。もしかして、あの日、ライリーンの君がこの国にいたのではないだろうか。そして、それがきっかけでライアスの発言に繋がったのならば。
もしかして、ライアスは私を少しは大切に想ってくれている……? だからこそ、ライリーンの君との婚約話が進んでいる今、任期の延長はしないと言い張っている……のかも、しれないわね。
そう見当づけたフィリオーネは、彼のその気持ちに応える為にも、やはりこの恋心をしっかりと昇華させなければならないと決意するのだった。
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