1月 姫と宰相、雲行きが怪しくなる
第1話 フィリオーネ、新年早々悶々とする
フィリオーネは自分の気持ちに気がついてしまってから、悶々とした日々を送っていた。年越しのパレードでは、両親に顔色が悪いと心配されてしまい、なんでもないのだと主張するのが大変だったことを思い出す。
結局、フィリオーネはフロート上に登る許可が降りず、馬車の中から臣民へ手を振る形になってしまった。
「殿下、年始から体調不良だなんて珍しいですね」
「……別に、体調は悪くないわ」
目付け役としてライアスをつけられてしまったフィリオーネは隣に座る彼に背を向ける代わりに、パレードを楽しみにしている彼らに笑顔を向ける。
あと少しすれば、ライアスの方を向かなければならない。
ライアスは馬車のカーテンに隠れるように深く座っている為、時々彼越しに手を振らなければならない。そのことを苦痛に感じていたフィリオーネは、どうしてこうなってしまったのだろうかとこっそりため息を吐いた。
ライアスと一緒にいられる時間は限られている。ライアスとの時間が終われば、いつかはライリーンの君との時間がやってくるのだろう。
ライアスへの恋心に気がついてしまったフィリオーネは、このままライリーンの君と、健全な関係を築いていけるのか不安を覚えるようになっていた。
「フィリオーネ姫、最近ため息が多いですわ」
「そんなに悩ましいことなら、誰か相談できる方にお話された方がよろしいのではありませんか?」
着替えの際に侍女からそう言われることが増えた。しかしフィリオーネはその都度「……いいの。これは私が自分で解決しなければならないことだから」と言って、彼女たちの好意を無碍にするのだ。
正直、こうして悩んでいるのも、侍女たちの好意を切り捨てるのも、ライアスと接する時に緊張するのも、何もかも鬱陶しい。こんな感情など、気づかないままで良かったのではないかと、自分の感情の動きの原因を掘り下げずにいれば良かったのに、とライアスとの誕生日会を振り返っては、鬱々とした気分になるのだった。
いっそ、割り切るのはどうだろうか。どうせ叶わない恋になるのだ。彼と一緒に過ごせる時間を楽しめばいいのではないか。そう思ったこともある。しかし、フィリオーネは割り切れる自信がなかった。彼との時間を大切に思えば思うほど、ライリーンの君との結婚への前向きな気持ちが失われていく気がしていたから。
恋などするわけがないと、必要のないものだと思っていたフィリオーネが突然抱え込むことになってしまったそれは、短時間で昇華できるようなものではなかった。
だからこそ、こうして中途半端な気持ちのまま、姫と宰相として並び座る状況が苦しくてたまらない。
「殿下、そろそろこちら側もお願いします」
「分かってるわよ。ライアスったらせっかちなのだから」
「ははは、為政者は多少せっかちな方がいいんですよ……いっ!?」
彼のこういう軽口が好きだ。だから嫌なのだ。フィリオーネは苛つきを彼の膝付近の太ももに手をついてライアス側の窓に身を乗り出した。フィリオーネの手はそんなに大きくない。きっと片手で乗られたらさぞ痛いことだろう。
少しくらい、痛がればいいんだわ。
ライアスの小さな呻き声を聞いて小気味いい気分になったフィリオーネは心の底からの笑顔を民に向ける。
「殿下、手が……」
「何かあって?」
横目に彼を見れば、ライアスはフィリオーネの意地悪だと気づいたらしい。目を閉じて顔を天井へ向けた。
「……わざとですね。どうぞ、私は殿下の手すりです。気の済むまでお使いください」
降参、とでも言うかのように両手を上げて大げさなしぐさをする彼の口元は上がっている。ライアスを面白がらせるだけで終わってしまった気がしなくもない。
フィリオーネはなぜか負けたような気持ちになりながら、フィリオーネの姿をひと目見ようと笑顔で手を振る臣民へ、手を振り返すのだった。
パレードが終わってフィリオーネたちが乗る馬車が王宮へと入り、周囲の視線がなくなる頃、ライアスが笑い出した。
「な、なによ?」
「殿下が私に悪戯をしてくるようになるとは、とてもおもしろくって」
彼はそう言いながら自身の太ももをぽんぽんと叩く。フィリオーネの無意味な仕返しの件を指していると分かり、思わず顔を歪めた。
「殿下、その顔はこの場だけにしてくださいね?」
「分かってるわよ!」
フィリオーネが声を荒げるほど、彼は笑う。いったいどういうことなのか理解に苦しむ。普通、王族が不機嫌になったら慌てるか謝罪する、戦々恐々とするべきだ。どうしてそんなに楽しそうなのか。
フィリオーネのその疑問は早々に解決する。
「私は嬉しいんですよ。少しでも気を抜くということを覚えてくれたことが。そして、殿下が素を出せる場所になれたことが」
「……そんなこと、言われても何も出ないわよ」
今まで同様ね、とフィリオーネが続ければ、ライアスは益々嬉しそうに笑うのだった。
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