閑話9 頭を抱える宰相殿
ライアスは、内心で動揺していた。
もしかしたら、フィリオーネが好きなのは“宰相のライアス”なのではないかと思うような場面に何度か直面したからである。
フィリオーネの誕生日会は、本当に惜しんでくれていると思っていた。それからしばらく続いた不機嫌な様子も。だが、新年のパレードやフィリオーネ主催のお茶会での挙動を鑑みると、違った景色が見えてくる。
パレードの時に見せた不機嫌な様子は、ライアスに違和感を覚えさせたが、誕生日会での出来事を引きずっているのだと思っていた。彼女の小さな仕返しは可愛らしく、あの地味な痛みには微笑ましさすら感じていた。
そして、第二皇子に香水をねだる手紙が届き、結婚式の日取りなどがフィリオーネに伝わり、彼女が前向きに考えているのだという印だと思っていた。
だが、あの茶会はなんだ。フィリオーネは侍女とライアスを招き、労いの会を催した。そこまでは良かった。
侍女がフィリオーネに、第二皇子よりもライアスを好きになりかねないと警戒していたのだと笑ったのが始まりだった。侍女は主をよく見ている。フィリオーネと同じ表情だと指摘された時にはひやりとしたものだ。
侍女たちのあれは、牽制だ。と、ライアスは感じた。第二皇子は自分だから問題はないのだが、他人から見た姿は違う。これ以上、自分の主を惑わせるなと釘を刺しにきたのだ。
フィリオーネは取り繕っていたが、あれは明らかに図星をつかれて動揺する姿だった。ライアスからすれば、両思いだと分かって嬉しい、というよりは冷水をかけられた気分だった。
彼女の誤魔化しを手助けする為にふざけてみたり、否定してみたり、努力はした。ちゃんと誤魔化せていたかは、分からないが。
結婚式の日取りを知らされていなかったらしい彼女が言葉を失った瞬間には、本当に心を締めつけられるようだった。立場も何もかも忘れて衝動的に告白してしまいそうだった。
あの茶会は、フィリオーネがライアスをどう思っているのか、考えを改めるにはじゅうぶんすぎた。
逆算してみれば、ライリーンの君の香水をねだったのも、お茶会の時以来ライアスとの外出で手に入れた指輪をしなくなったのも、最近の不機嫌も、全てライアスへの恋を自覚したからなのだと推察できる。
ライアスに繋がるものを遠ざけ、ライリーンの君に近づこうと努力したのだろう。
ライアスは、全てをぶちまけてしまいたくなった。
悩むことも、寂しがることも、恐がることもない。結婚式まで顔を合わせないことになっている第二皇子は、目の前にいるのだ。
そう、フィリオーネに告白してしまいたかった。
ライアスは、自分の行動がフィリオーネを悩ませることになったのだと、自分がしてきたのはただ彼女を混乱させただけなのだと、理解してしまった。
「……消えたい」
「何を今更。始めたのはあなたでしょうに」
机に突っ伏したライアスに、ボグダンが呆れ声を出した。乳兄弟である彼は、二人きりの時は容赦ない。これで普段は自信なさそうに過ごしているのだから、中々の役者だ。
「きっと、殿下は誰とも恋をする気などさらさらなかったんでしょうね。それが、こんな変わり者と関わったばかりに……おかわいそうだなぁ」
「……ちょっと驚くだろうけど“見知ったあなたなら安心だわ”で結婚式を迎えられると思ったんだ」
少しくらいは、フィリオーネにはたかれるかもしれないとは思ってみたりもしていた。が、これはかなり酷い。想定外だ。
「これがやり手の宰相とは思えないくらい酷い展開だな」
「……分かっている、それくらい」
こんなに嬉しくない両思いがあったとは。ライアスは、自分の感情と役目に板挟みになっているであろうフィリオーネに、心の底から謝罪するのだった。
「結婚式に土下座したら許してくれるんじゃない?」
「……いや、それは引くだろ」
他人事だからって。
適当なことを言う彼に顔を上げれば、ボグダンはやけに優しげな顔をしていた。
「なら、土下座しなくて済むように、残りの期間を精一杯やり通さないとな。優秀なんだから、フィリオーネがこれ以上かわいそうなことにならないように、何か考えなよ」
「分かっている」
フィリオーネのフォロー、何をすればいいのか見当がつかない。
「まぁ、まずは来月のお兄様来訪を、どうにかこなすこった」
「……分かっている」
ボグダンの追撃に、ライアスは再び机に突っ伏した。兄は……どうだろうか。フィリオーネ関連の相談をひたすら無視してきているから、嫌な予感しかしない。
来月が恐ろしいが、フィリオーネを放っておくわけにもいかない。頭を抱えるライアスであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます