第3話 お姫様は自分を恐ろしく感じる時間

「よく借りれたわね」

「私、この国の宰相ですから」


 分かったと言う代わりに質問を向ければ、したり顔でライアスが笑う。


「まぁ、普通のささやかなお誕生日会ですよ。豪華過ぎず、気を遣わずに過ごせるだけの」

「それだけでじゅうぶんだわ。こう視線が多いと、さすがにちょっとね」


 ライアスの気遣いは素晴らしい。フィリオーネは頼りになる宰相へ頷いてみせるのだった。




 誕生日会が終わってほっと一息ついたフィリオーネは、誕生日会のドレスのまま、小さな誕生日会へと向かった。

 扉の前でライアスが待っている。もちろん彼も先ほどと同じ姿であった。


「お待ちしておりました。どうぞこちらへ」

「招待、感謝します」


 ライアスの手に導かれ、フィリオーネは部屋に踏み込む。目の前には、本当にささやかな会場が広がっていた。


「殿下、こちらは一般市民のお誕生日会を再現したものになります」

「…………すてきだわ」


 フィリオーネはテーブルに広がる料理をじっくりと観察した。鳥の丸焼きは、フィリオーネがよく知る詰め物をしていないものらしく、少し歪になっているし、煮込み料理は王宮内で出されるそれよりも酸味が強そうな匂いがする。

 そして、ツゥイカのような蒸留酒。しかしこれはツゥイカではなさそうだ。ということは、ラキウだろうか。いずれも果実から作られる蒸留酒であるが、特定の果実を使って作られるツゥイカは高級品である。

 庶民の暮らしということだから、きっとラキウである。何の果実を使っているのかが気になった。そんなフィリオーネに向け、ライアスが語る。


「素材全ては王宮内で調達しておりますが、製法にはこだわりましたので、ほぼ本物の庶民の味です。彼らの暮らしを知りたいと以前目を輝かせていらしたので、最大限努力しました」

「素晴らしいわ」

「お誕生日ですから、ある意味特別な体験をしていただきたいと思いまして。それに、お勉強にもなります」


 そう言った彼は、料理の詳しい説明をしながらフィリオーネの為に食事を切り分けるのだった。

 鳥の丸焼きに中身がない理由は簡単だ。豪華にするほどの余裕がないのと、火の通りを少しでも早くする為であった。そして煮込み料理の方はリンゴ酢にキャベツを漬け込む期間が長くなりがちの為、王宮内で提供されるそれとは香りが違うのだそうだ。


 そしてフィリオーネが気になっていたラキウであるが、こちらはリンゴから作られたものらしい。リンゴからであれば安価で作ることができる為、一般市民はリンゴを発酵させて自家製のラキウを作るのだそうだ。

 発酵させた後に蒸留を重ねる為に時間がかかるこの飲み物は、蒸留を重ねるごとに量が減ってしまう為、蒸留回数を減らしている家庭も多いという。リンゴがより安価になれば、きっと蒸留を重ねた度数の高いラキウを作るに違いないとライアスは笑っていた。


 知識は面白い。しかしフィリオーネはどうしてか、さみしい気持ちを覚えていた。


「殿下、さあこちらを召し上がってみてください。これが例のソーセージですよ。出店で見かけた時には食べることができませんでしたが、今日は大丈夫」

「ありがとう」


 ライアスは優秀な教師だった。フィリオーネのよき師として、そして一国の宰相として、本当に優秀な人間である。にも関わらず、フィリオーネは物足りなさとさみしさを感じていた。

 不満などない。なのに、どうしてそんなことを感じてしまうのか。

 フィリオーネは理解できない自分の気持ちにいらいらとしていた。


「このソーセージは、出店のレシピを真似して料理長が作った自信作だそうです。ポイントはハーブの配合比率だそうで……殿下?」

「え、なにかしら?」


 フィリオーネが慌てて頭を上げれば、ライアスが心配そうにフィリオーネを見つめていた。


「やはり、お疲れのようですね。解説は明日にして、ゆっくり召し上がってください」

「疲れているわけでは、ないと思うのだけれど……」


 自分の気持ちが理解できずにいらついているとは言えず、フィリオーネは誤魔化した。そんなフィリオーネのすぐ隣に椅子を動かしたライアスは、着席してテーブルに肘をついた。行儀悪い仕草をするのは珍しい。フィリオーネが瞬きすると、彼は小さく笑う。


「殿下、誕生日の今日くらいは殿下の鎧を少し脱いでもよろしいのでは? 私でよろしければ、その相手になりますよ」


 ああ、そういうこと。


 フィリオーネは納得した。ライアスの動作には意味があるのを失念していた。そして、それを思いだすと余計にがっかりする自分がいる。

 感情の動きが制御できないというのは、異常事態である。がっかりしたりするということは、何かを期待しているということだ。しかし、そのが分からない。フィリオーネは、ライアスの挙動にいちいち感情が動いてしまう自分がおそろしかった。

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