第2話 退屈な誕生日会を迎える姫と、それを回避しようとする宰相

 婚約者はいるが、この場所には現れない。それを予め承知していたフィリオーネは婚約者なしで誕生日会に臨んだ。フィリオーネにとっての誕生日会は、忙しいが退屈な時間である。

 しかし、今回は楽しみがある。誕生日会で一度きりのダンスである。今回はライリーンの君の代理としてライアスが起用された。今までは重臣の誰かであったり、そのご子息であったりと適当に見繕われていた。


 ライアスとのダンスは好きだ。彼は配慮の人で、フィリオーネをとてもよくエスコートしてくれる。彼とならば延々と踊っていられると思ったくらいである。

 そんな彼と楽しくダンスに興じる時間があるのならば、それはご褒美と言っても過言ではない。


 ライリーンの君が用意したドレスに身を包み、飾り立てたフィリオーネは煌びやかな世界を見つめた。立食できるようにテーブルが配置され、様々な料理が並べられている。そのテーブルとフィリオーネの席の間にダンスホールエリアが広がっている。

 誕生日会はフィリオーネの挨拶から始まり、会食へ移る。その時間が貴族たちの挨拶回りに使われることになるのだが、ルールが存在する。

 フィリオーネへの挨拶は重臣、大臣たち、高位貴族、その他貴族の順で行われる。一足先に挨拶ができる重臣や大臣たちは、高位貴族がフィリオーネに挨拶をしている間に互いの挨拶を行い、高位貴族が挨拶回りをしに向かってくるのを待つ。


 挨拶回りが円滑に行われるようにと作られたルールは、面倒ではあるが平等でもあった。フィリオーネへの挨拶が全員終わると、フィリオーネのダンスの時間だ。それが終われば、自由時間が始まる。

 自由時間となった貴族は、改めてフィリオーネに話しかけても良いし、挨拶しきれていない相手に向けて顔を知ってもらう時間にしても良い。基本的に上位貴族は挨拶回りしてくる彼らの為に歓談しながら待つことになるのだが、フィリオーネ同様それが彼らの役割でもある。


 王族であるフィリオーネは、ダンスの時間以外は両親と共に席に給仕される料理を楽しみながら臣下たちの相手をすることになる。フィリオーネはそんな彼らの相手をしながら、 楽しみな時間のことを考えていた。

 貴族の最初の挨拶が一通り終わると、本来ならば筆頭で挨拶しにくるべきライアスが現れた。


「殿下、お誕生日おめでとうございます。御歳十九の一年、幸多き年となりますようお祈り申し上げます」

「ありがとう、アルバストゥル宰相」


 フィリオーネのドレスに合わせたのだろうか。それとも、偶然だろうか。フィリオーネは彼の衣装を観察した。

 ライアスが身につけていたのは、フィリオーネのドレスに使われているのと同じくビロード生地で仕立てられたジャケットである。その胸当ての部分には、肋骨のように飾り紐が縫い止められている。

 珍しいわね。軍服仕様だなんて。それも、エアフォルクブルク帝国式だわ。

 それに気づいたフィリオーネは、どうやらライアスの衣装もライリーンの君が用意したのだと察した。思い返せば、フィリオーネのドレスもエアフォルクブルク帝国式である。

 グライベリード王国は中立国という立場上、様々な国の意匠を取り入れている。その為、エアフォルクブルク帝国式の服装でも全く問題はない。


 まぁ、婚約者代理だもの。逆にこれくらい分かりやすくした方が、婚約者と良好な仲なのだとアピールできて良いわね。


「殿下の婚約者であらせられるライリーンの君の代理として、私とダンスを踊っていただけますか?」

「もちろん。喜んで」


 フィリオーネはすっと立ち上がり、テーブル越しに彼の手を取った。




 やはりライアスとのダンスが一番しっくりとくる。

 フィリオーネは彼に身を任せて微笑んだ。ダンスには規則があり、それ通りに動くだけならば簡単だが、息を合わせるのは難しい。密着した部分の動きで互いがどう動こうとしているのかが分かる。しかし、それを正しく読み取って動くのは簡単ではないのだ。


「殿下、この後少しお時間をいただけますか?」

「時間?」

「ええ。この前、殿下がこの誕生日会は退屈だと。ですから、退屈ではない誕生日会を企画しました」

「まぁ……!」


 思わぬところで楽しみが増えたフィリオーネは目を輝かせる。


「二人きりの会になりますが、よろしければ」

「よろこんで」

 フィリオーネが是と答えれば、彼はほっとしたように頬をゆるませた。

「私だけなので、特にお召替えなどせず気軽な感じでお越しください」


 一瞬、不安がよぎる。誕生日の夜に男性と二人きりはまずいのではないか、と。


「会場は――」

「ちゃんと押さえておりますよ」


ライアスの自室だったら断ろうと口を開いたフィリオーネだったが、彼はそう言って会場名を教えてくれた。二人きりでするには豪華すぎるが、あの客間ならば問題ない。

 天井にガラスがはめ込まれて空が見える一室は吹き抜けになっており、二階から様子が見える間取りだ。部屋にいる人間は密室のような雰囲気で過ごせるが、実際はその通りではない為、後ろめたくないのだと主張したい場合にはもってこいの部屋である。

 その特殊さからか、部屋にいる人間に向けて二階の人間は話しかけてはならないというルールが設けられている、一風変わった部屋でもあった。

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