12月 姫と宰相、微妙にすれ違う
第1話 フィリオーネ、アルバストゥル家の血に振り回される
ライアスが元に戻ったと思ったら、今度はライリーンの君がおかしくなった。フィリオーネは贈り物の山に、頭を悩ませていた。
確かに、今月は私の誕生月だけれど……これはやりすぎではないかしら。
フィリオーネと侍女たちは、毎日のように届く贈り物の仕分けですっかり疲れてしまっている。これがフィリオーネの誕生日まで続くのかと思うと気が重い。
ライリーンの君に悪意はないのだろうからタチが悪い。アルバストゥルの血筋には何か極端な性質でもあるのだろうか。フィリオーネは婚約者のま文字を追ってため息を吐く。
文字からもテンションの高さが伺える。文字が楽しそうに跳ねている。相変わらず丁寧で美しい文字をしているが、止め跳ねに押し殺しきれない勢いがあった。
「……婚約指輪だけで良かったのに」
フィリオーネの指には、ライアスからの贈り物ではない指輪がはまっている。それは光の種類によって黒くなったり赤くなったりする不思議な石が台座に納まった、シンプルだが美しい指輪である。
ライリーンの君は“どのようなドレスでも似合うように”と選んでくれたようだ。よく見れば、台座の周囲には薔薇の彫刻が施されており凝った作品であると分かる。花が薔薇であるあたり、ライアスから何か話を聞いていた可能性が否めなかった。
薔薇なら何でも好きだと思ったのかしら。それとも、ライアスの贈り物に対抗して……?
いずれにしろ、あまり考えたくない話である。ライアスがふざけて三角関係だと言ったことを思い出してしまうからだ。冗談ではない。
言い出したのはライアスであるが、彼は真面目に宰相として取り組み、フィリオーネに対して真摯な態度を崩さない、本当に素晴らしい尊敬に足る人物なのだ。
本人がそう言って笑うのならば良い。しかし、周囲の人間に言われるのは、フィリオーネには耐えられそうになかった。
フィリオーネは普段から婚約指輪をしているが、ライアスが家庭教師としてやってくる勉強の時間だけは、相変わらず彼から貰った指輪を身につけている。誤解を招くかもしれないと考えてはいても、何となくそうしたいと思ってしまうのだ。
婚約者も宰相も、どちらもそれぞれ気に入っている。しかし、フィリオーネからすると、両者共に恋愛とは違う気持ちでしかない。
嫌だわ。贈り物のことを考えていたのに、いつの間にか別の話題にすり変わってしまったわ。どうしてしまったのかしら、私。
フィリオーネは、己の思考が歪んでしまうことに不安を覚えるのだった。
ライリーンの君、贈り物はとても嬉しいですが、私はいただいた婚約指輪だけでじゅうぶんに幸せです。これから私たちが過ごす時間は長いのですから、ゆっくり親交を深めていきませんか?
とりあえず、これでいいかしら。
フィリオーネは追伸で文句を綴り、息を吐いた。第二皇子は“良い人”だ。それは間違いない。彼は帝国から婿入りする為に、いくつかの“面倒事”を片付けている最中らしい。
完全中立国の王族への婿入りであるから、帝国へクーデターを行うことはないだろうと考えられているものの、帝国側が完全中立国を属国化する可能性が残っている。
この部分への周辺各国の懸念を取り除く為、帝国へのクーデターも帝国の属国化もしないという書面を作成しているのだと綴られていた。国家間の契約は難しい。このあたりはグライベリード王国の宰相であるライアスと話を詰めているようだから、きっと何とかなるだろう。
また、兄弟間でも取り決めをするようで、その契約書の話もしていた。次期皇帝となる兄と円満な関係を維持する為のものらしい。こちらはライアスが関われない為、面倒だとぼやいていた。
フィリオーネはライリーンの君もフィリオーネと同じくライアスを信頼していることに、小さな満足と、少しの焼き餅じみた嫉妬を覚えた。ライアスはグライベリード王国の宰相である。ライリーンの君が自分の伴侶となった後、ライアスとの信頼関係を心配せずに済むのはとても良いことだ。
しかし、あの優秀なライアスを独り占めできないのだと思うと、何となくもやもやとしてしまう。彼は便利な道具ではないのだから、こういう考え方は良くない。フィリオーネはそう自分を戒めるのだった。
つい思考がライアスに向かってしまうことにいらいらとしながら、フィリオーネは己の誕生日を迎えようとしていた。
ライリーンの君からの返事は気を遣わせてしまって申し訳なかったという謝罪と、フィリオーネからの言葉はもっともだからその通りにしようということが綴られている。そして、ぜひフィリオーネの好きなものを教えてほしいとも。
ライリーンの君はフィリオーネ以上に忙しい身のはずなのに、こうしてフィリオーネに真摯な姿勢を崩さない。フィリオーネへ誠実な彼に、フィリオーネ自身も誠実を返したい。
彼と会える日が楽しみだった。
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