閑話7 叱られた宰相殿
グライベリード王国の国王からの急な呼び出しに、そしてその内容に、ライアスは戸惑っていた。
「ライアス殿、あれはいったいどういうことかね」
どの話だろうか。大きな心当たりはないが、小さな心当たりがたくさんあった。
「申し訳ありませんが、どちらの件でしょうか?」
王の執務室に用意された簡易の来客セットに腰掛けたライアスは、アディネルの言葉を待った。
「……指輪の件だ」
「それでしたか。ですが、あれはフィリオーネ姫が選んだのであって、私が選んで渡したものではありませんよ」
ライアスの反応にアディネルは深いため息を吐いた。
「第三者から見れば、あれは明らかに宰相からの贈り物に見えよう。たとえ、フィリオーネ本人が『ライリーンの君からの贈り物』だと言い張ってもな」
出かけていたことを知っている人間からすると、そう思われても仕方がない。それはライアスも後で気がついたことである。しかし、もう渡してしまったのだからやり直すことはできない。
「火消しをした方が?」
「いや、そのままにしておけ。代わりに、もっとフィリオーネに過保護になれ」
「は、はぁ……」
国王の提案は意外だった。
「だが、そろそろフィリオーネのことを考えてくれ」
「……」
ライアスはアディネルの意図が分からず瞬きした。
「そういう鈍いところ、フィリオーネに似てきたな……勘弁してくれ。宰相として、フィリオーネの保護者として過保護になってほしいと言っているのだ」
アディネルの言っていることは分かるが、やはり相変わらず意図が分からない。ライアスのそんな態度に彼は再びため息を吐いた。
「フィリオーネは女王になるように育ててきたから、ライアス殿から中途半端に愛を傾けられると混乱してしまうだろう。フィリオーネには、第二皇子との政略結婚に集中してもらいたい。だから、その甘ったるい顔をやめなさい」
「甘ったるい、顔……ですか?」
ライアスは思わず顔を押さえる。
「……おぬし、ずいぶん変わったな」
目の前から呆れ声が聞こえ、ライアスは慌てて姿勢を正すのだった。
王の招集のせいで、すっかり約束の時間を過ぎてしまっていた。ライアスが急ぎ足でフィリオーネの部屋へ向かえば、侍女が待っていた。
「陛下とのお話し合いがお済みになられましたか」
「はい、遅くなり申し訳ありません。殿下はいずこへ?」
フィリオーネの侍女ダチアは小さく微笑み、サンルームへと先導する。室内に入ると、そこは楽園のような陽気であった。そしてサンルームの中心にある大きなテーブルに、フィリオーネは突っ伏していた。
足早に近づけば、彼女は寝息を立てているのが分かる。どうやら、待ちくたびれてしまったようだ。陽光が降り注ぐ中、フィリオーネは穏やかな顔で眠っていた。
だが、今は冬。日が傾くのが早い。そろそろ日差しが弱まってくる頃であることに気がついたライアスは、近くの椅子に掛けられていた羽織物をそっと彼女の背中にかけた。
相変わらずフィリオーネは愛らしかった。彼女の父親に言われてから、フィリオーネのことを考えていたが、彼女の育ちを考えると当然であると納得できる。
彼女はもとから恋愛をする気がない。そういう育ち方をしていないからだ。そして、ライアスは恋愛をしたい気持ちはあれど、条件の方を気にしすぎていた。どちらも、王族として育った弊害であろう。
ライアスは、そんなフィリオーネに対してどう接してきただろうか。何も考えず、ただ自分の気持ちを押しつけてはいなかっただろうか。もうすぐ二十代半ばになろうという男が、年下の乙女に対してなんと配慮が欠けていたことか。
乱れているフィリオーネの前髪を整え口づけを落とす。
「大切にします。我が君よ」
ライアスは眠る乙女に己の決意を吐露する。この瞬間から、ライアスは多少過保護な程度の宰相としての態度を崩さないように、第二皇子として手紙でフィリオーネに尽くすようにしていこうと違う。
フィリオーネの為に。彼女に少しでも好いてもらえるように。自分のことは二の次で考えていきたいと、その気持ちを宣誓するつもりで呟いた。
ひと通り満足すると、ライアスは気を取り直してフィリオーネを起こしにかかる。
「殿下、あなたの宰相がまいりましたよー」
彼女が目を覚ますまであと少し。
少し詰め込みすぎただろうか。ライアスは体調の悪そうなフィリオーネを見て後悔する。明らかに、フィリオーネは疲れた顔をしていた。
ライアスは務めて宰相として、大人としてフィリオーネに接する。アディネルから過保護で構わないと許可を得ていたライアスは、遠慮なくフィリオーネの休む部屋の隣で仕事をした。
侍女たちの視線が気になったが、気にしないことにする。これも、フィリオーネとの未来の為である。ライアスは真剣だった。今は宰相としてフィリオーネに向き合う時間である。
一人の大人として、一人の姫の面倒を見るのは今までだってできていたはずだ。今までを思いだせ、とライアスは自分に言い聞かせるのだった。
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