第4話 知恵熱を出したお姫様、宰相のことを考える

 フィリオーネのベッドは整えられており、フィリオーネの支度さえ終わればすぐにでも横になれそうな状態である。


「……お入りになって」

「失礼します」


 ため息と共に吐き出された許可の言葉に返事をしたライアスは、堂々とした足取りでフィリオーネの寝室に入っていく。

 とても、不名誉だわ。体調不良を見透かされるなんて。

 ゆっくりとベッドの上に座らされたフィリオーネは、それでも己の矜恃の為に頭を上げた。


「ライアス、よく気づいたわね」

「これだけ一緒に過ごしているのですから当然です。そして、侍女が立場上言いにくいことも、私なら多少は口にできる。それだけですよ」


 確かに、彼が言うのは正しい。フィリオーネが大丈夫だと言ったら、よほどのことがなければ頷くしかないのが侍女である。ライアスならば、教師という立場もある。彼女たちよりも発言しやすいに決まっていた。


「では、早く着替えてお眠りなさい。少ししたら、確認しに来ますからね」

「……分かったわ」


 完全に大人から子供への態度になっている彼に、渋々ながらも是と答える。ライアスは大きく頷き、足早に寝室から去っていった。

「フィリオーネ姫、お召し替えを」

「……お願いするわ」

 フィリオーネの身支度を、コドリナとダチアがおこなっていく。いつにない素早さで進んでいくそれを、フィリオーネはぼんなりと眺めていた。


「フィリオーネ姫、大切にしていただけて良いですわね」

「何が?」

「……アルバストゥル宰相ですよ」


 コドリナの言っている意味が分からないフィリオーネに、ダチアが誰の話なのか教えてくれる。拘束の解けたフィリオーネはふらりとしながらも立ち上がり、下着姿になった。


「確かにありがたいというか……でも、ちょっと過保護だと思うわ」

「過保護……ですか……」


 呆れを含めた視線を送りながらコドリナがフィリオーネに夜着を羽織らせる。ライアスが様子を見に来ると宣言していたからか、夜着にしてはしっかりとした意匠のものを着せられた。

 みすぼらしい姿は見せられないものね。

 侍女の気遣いに感心する一方で、コドリナの態度が気になった。コドリナだけではない。どうにも最近、侍女たちと何かが食い違っている。

 体調が万全ではないせいか、唐突に気になってきてしまった。


「……最近、何か私のことで言わずにいることがあるでしょう」

「ありますけれど、何か問題でもありますか? 少なくとも、今必要な話題ではありませんわ」


 えっ。


 コドリナの回答は想定していなかった。フィリオーネは瞬きを繰り返す。

「フィリオーネ姫、今はゆっくりお休みください。アルバストゥル宰相を過労死させたいのですか?」

「な、なんでそこでライアスが出てくるの……っ」

 突然出てきた彼の名に、フィリオーネは目を剥いた。


 侍女たちとの考え方の齟齬をどうにかしたいという話題だったはずである。しかし、侍女たちは顔を見合せてため息を吐くばかりで答えてくれない。

「ライアスは関係ないでしょう?」

 フィリオーネは変な空気をどうにかしたい一心で、雑な動作でベッドに潜り込んだ。


「ですが、アルバストゥル宰相はきっとフィリオーネ姫の部屋への滞在許可をもぎ取って、お休みの間ここで執務されると思いますよ」


 まさか、とフィリオーネは思ったが、似たようなことを自分がしていたのを思い出す。しかし今回は事情が違うのだから、と思い直す。


「……どうしてかしら?」

「私たちには分かりかねますわ。ですが……そうですね、血縁であるライリーンの君から気を配るように言われているのかもしれませんし、自主的に気になるからそうされるのかもしれません」

「そこまでする理由には……ならないのではないかしら」


 ダチアに上掛けを整えてもらいながら言えば、ダチアが笑った。


「フィリオーネ姫は、皆さんに愛されていらっしゃるということですよ」

「……もっとわからないわ」


 フィリオーネは本当に分からなかった。しかし、周囲はそうではないらしい。自分だけがどうして分からないのだろうか。この体調不良のせい、とは言いきれないとフィリオーネは思う。

 フィリオーネには、何かが足りていないのだ。きっと、一般的な、何かが。


「フィリオーネ姫! ……あのお方、やはり仕事道具を持ってきましたよ」


 コドリナが耳打ちしてきた。本気なのか、と目を剥くフィリオーネの視界で寝室の扉の隙間からライアスの姿が見えた。

「……殿下。あぁ、ちゃんと支度はできていますね」

 確かに腕の中には書類の束がある。どうやら本気らしい。


「ライアス――」

「今日の殿下は動き回りそうな気配がしますから、私はここにいます」

 ライアスは最後まで言わせてくれなかった。

「殿下は本格的に体調が悪くなる前に、しっかり休んでください」

「…………分かったわよ」

 フィリオーネは昨晩からの悩みの種の視線を感じつつ、目を閉じるのだった。

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