第2話 報告する姫とテンションの高い宰相
フィリオーネは待機中であるはずのガリナーを探す。侍女を引き連れてガリナーの飼育所へ向かえば、思ったよりも元気そうな個体に出会った。
「あら……あなたとても優秀そうね。こちらの手紙をあなたの主へ届けてくださる?」
馬よりも速く遠距離を移動するとは思えない、ふっくらとした鳥を指の背で撫でる。ガリナーは節のある特徴的な長い嘴を小さく震わせ、それからフィリオーネにすり寄った。
「ふふ、可愛らしい子。では、お願いするわね」
しっかりと調教されているらしい。フィリオーネはライリーンの君の管理能力に満足し、まだ見ぬ人物への前向きな気持ちを育てるのだった。
「ライアス、あなたの耳には既に届いていると思うのだけれど、あなたのいとこである第二皇子と婚約が成立したわ」
「聞いておりますよ。おめでとうございます!」
勉強中に、思い出したかのように報告すると、ライアスはぱあっと花を咲かせたように笑った。そんな反応が返ってくるとは思わなかったフィリオーネは口元をひくつかせる。
そ、そんなに喜ばしいことなのかしら? 臣下からすれば慶事には違いないと思うけれど。それとも
フィリオーネは浮かび上がる疑問と根拠のない考えを無理やり封じ込め、努めて優雅に笑う。
「さっそくお手紙をいただいたの。打診があったと聞いた時には既に婚約が決まっていたみたいで、私としては不本意だったのだけれど……このまま少し様子を見てみることにしたわ」
「なるほど。前向きな返事が届いたら、きっとライリーンの君も喜びます」
むしろあなたが嬉しそうよ。
フィリオーネは普段と違って少しテンションの高いライアスを不思議に思いながら、前向きに検討する為の調査を開始した。
「そう……? ところで、彼はどんな人なのかしら。あなた、一応身内よね。手紙でやり取りをしているのでしょう?」
「ええ。彼は気さくな人物ですよ。私とこうして談笑できる殿下なら、きっとうまくいくと思います」
「……そう」
ライアスがそう言うのならば、相性は悪くないのだろう。フィリオーネは少しだけ安心し、しかし別件での不安要素に懸念を抱く。
エアフォルクブルク帝国の第二皇子と結婚したら、親エアフォルクブルク帝国の人間が増えるということになるわね。
宰相を続投させるには不安な要素として見られかねない……このあたりをどう乗り越えるか、私の手腕が問われるわね。根回しが重要だわ。
「――殿下?」
思考に沈んだフィリオーネをライアスの声が引き上げる。
「ごめんなさいね、今後について少し考えごとをしていたわ」
「殿下の懸念は私も承知しております。エアフォルクブルク帝国側でもいくつか懸念材料があるので、第二皇子は忙しくしているようです。私はお二人が幸せになれるよう、グライベリード王国側の臣下として最善を尽くします」
フィリオーネはおや、と思う。どうやら彼はフィリオーネ側についてくれるらしい。グライベリードの人間でこの国の宰相を務めているから当然ではあるが、それでもこうして口に出すということは、そういうことなのだろう。
「ありがとう。一緒に色々考えてくださる?」
フィリオーネはライアスをしっかりと見つめた。ライアスは瞬きひとつをフィリオーネに送る。瞬きをする時間で自分の真意を探りにかかってきたと感じたフィリオーネは、呼吸を浅くする。
「もちろんですよ。私はこの国の宰相ですから」
「頼もしいわ。よろしく頼むわね」
用意されたかのような言葉に対して、フィリオーネは言葉が上滑りするような気がしながらも返事をするのだった。
そうして、勉強会をいったん中断したフィリオーネはライアスとエアフォルクブルク帝国と癒着していないとアピールするにはどうすれば良いかについて、打ち合わせを始めた。
打ち合わせに入ると、ライアスに対する複雑な気持ちは吹き飛んだ。フィリオーネがするべきことは、エアフォルクブルク帝国の第二皇子との結婚を前向きに検討することである。
父王が問題ないと判断したからこそ話が進んでいるのだと思えば、この話をしっかりと成功させたい気持ちにもなる。
その結果、ある意味単純な結果に落ち着いた。
「殿下が完全無欠の女王の器であると周囲が納得すればよろしいのではないでしょうか」
「確かに、私がエアフォルクブルク帝国の傀儡になると、誰にも思われなければ良いのよね」
そうなれば、第二皇子であるライリーンの君がグライベリード王国にとって害ではないと証明するだけだ。
思ったよりも簡単に済みそうね。
フィリオーネは心の曇が晴れてにっこりとした。
「殿下、完璧な女王になれるよう、今以上にお勉強を頑張らないといけませんね」
「……っ」
氷のように美しいライアスの笑みを目にし、フィリオーネは凍りついた。この先の道のりがかなり厳しい状況なのだと無言で伝えてきている。フィリオーネは明日からの学習要項がどう変わるのか、聞こうとして――やめた。
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