第4話 冷静でしたたかな姫様、宰相との距離を詰めにかかる

「やっぱり……甘酸っぱい……これは、お砂糖が使われているのかしら?」

「いえ、これはいずれ毒に変わる成分です」

「これが変質して……興味深いわ」


 ライアスが解説をしてくれている間にアスリーンティーを口にしていたフィリオーネはこの液体の甘さが気になっていた。それが、天然の甘さだとは……しかも、それが毒に変わってしまうとはすばらしい。

  フィリオーネはアスリーンティーと同じワイン色をした目に視線を向け、言葉を漏らす。


「あなたもこの花のように甘いわね……でも、これから毒に変わるのかしら」

「はい?」


 フィリオーネの声は、しっかりとライアスの耳に届いていた。

 あら、私ったら意味深なことを言ってしまったわ。

 変に取り繕うのではなく、ゆっくりと首を横に振った。これで揺さぶられて動揺すれば、それでもいいと思いながら。


「……いいえ、気にしないでちょうだい」

「殿下がそう仰るのなら」


 ライアスは表情を崩さない。

 この鉄壁具合、本当に手放しがたいわね。もういっそ、万が一の時が来ないよう、エアフォルクブルク帝国よりもグライベリード王国を優先するように、少しずつ調教していくのがいいかもしれないわ。

 フィリオーネは、やはりフィリオーネだった。


「ライアス、あなたはこのまま私のアスリーンティーでいてちょうだいね」

「……真意は測りかねますが、殿下には厳しくいかせていただきますよ。まだまだ女王となるには色々と足りませんからね」

「あら手厳しい!」


 フィリオーネがそう言って笑えば、ライアスは優しげに目を細めた。

 この時間がずっと続いたら、本当に楽しいのでしょうね。そして、期間限定ではなく、本当の意味で宰相になって手腕を揮ってもらえたら、この国にとっても最高の時間になるに違いないわ。

 期間限定という部分を撤回して、はやく正式な宰相になってくれればいいのに。


「では、早速……お勉強の続きですね。今度はこの菓子、スフェルトコアツェについてです。この古くからある菓子の歴史を紐解いていきましょう」


 フィリオーネの思惑をよそに、ライアスの唄うような、まるで目にしてきたかのような話が始まった。それを聞いていれば、彼が知識を咀嚼して自分の一部に取り込んでいるのが分かる。フィリオーネは彼の多方面へ広がる話を聞いている時間が好きだ。

 勉強をしているというよりは、彼が紡ぐ物語を聞いている気分になる。柔らかな声を聞きながら、スフェルトコアツェにフォークを差し込んだ。


「今、殿下は実感しておられると思いますが、スフェルトコアツェの醍醐味はそのしっとりさです」

「そうね」

「ですが、元々は焼きたてを食べるのが主流だったのです」

「まぁ、そうなの?」


 ライアスの話はフィリオーネを飽きさせない。お茶会に相応しく、のんびりとしながらも勉強になる、充実した時間が流れていった。


 そうしているとあっという間にお勉強の時間が終わってしまう。これからは自由に会話ができる時間である。残り時間はそんなに多くはない。フィリオーネはさっそくライアスを質問攻めにした。


「ライアスは、どうして宰相になろうとしたの?」

「お勉強はどのようにして?」

「王族にも引けを取らないその所作、礼儀正しさ、とても素晴らしいわ。誰から師事を?」

 矢継ぎ早に質問を重ねていくフィリオーネに向けてライアスは流暢に、時々考え込む仕草をみせてから回答していった。


「伯母が帝国に嫁いでいったから……ですね。憧れ、とでも言いましょうか」

「勉強は、伯母の妃教育をした方ですよ。幸運なことに、機会を得たのです」

「礼儀作法の類も、伯母の妃教育をした方ですね」


 どうにも、伯母であるエアフォルクブルク帝国の側妃に強い思い入れがあるらしい。フィリオーネはなんとなく面白くない気持ちになりながら、質問を続ける。

 ライアスはフィリオーネの変な質問にも嫌な顔をせずに答えてくれる。そろそろ解散の時間となる頃、フィリオーネは最後の質問をする気持ちで口を開いた。


「ライアスが様々な知識や礼儀作法を覚えようとし、それをここまで完璧にこなそうとする根底には、どんな考えがあるのかしら?」

「若いというのは、それだけで武器であり、欠点でもあります。若いから経験がないと言われてしまえばそれまでです。否定しようがない」


 ライアスの思考は極めてシンプルで、効率的であった。とても好ましい。やはり、彼を手放してはいけない。フィリオーネは強く感じた。


「だからこそ、少しでも侮られないよう、隙を作らない。この考えが大きいです。

 殿下もそれは、じゅうぶんにご理解なさっておられるかと。私はそういう殿下が好きですよ」

「あら、ありがとう。私もあなたの考え方、そして行動へ移す姿、どちらも素敵だと思うわ。考えるだけなら簡単だけれど、それをずっと続けているのだもの。尊敬に値するわ」


 王族、それも次期国王ともなれば、他者に対して簡単に「好き」と言うことはできない。フィリオーネは可能な限り、それに近い言葉を選ぶ。


「ありがたきお言葉、胸にしかと留めておきます」

「お願いだから、他国に引き抜かれないでちょうだいね」

「どう回答すべきか、難しいところですね。ですが……私はこの国の一員である限り、この国にとっての最良を考えていきますよ」


 苦笑しながらも答えるライアスに、フィリオーネは今日はここまでね、と口を閉じるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る