第3話 少し変なお茶会の時間
変な空気で見つめ合う内に、フィリオーネは気がついた。ライアスは理由を言っていないから、どう反応すれば良いのか分からずに困惑しているのだ、と。
「ライアスの動きがとても綺麗だとずっと思っていたの。あなたほど完璧な人間は滅多にいないわ。王族ではないのに、よくそこまで努力したわね。本当に素晴らしいわ」
ようやくライアスがフィリオーネの意図を理解したらしく、動き出す。
病み上がりで、あまり頭が働いていない……いえ、それはないわね。つい昨日、新しい法案を通したところだもの。
いつもよりキレの悪い彼に対して失礼なことを考えながら、フィリオーネは言葉を続けた。
「どのように勉強をしたのかしら? きっと、私に合わせた教育方法とかも、その勉強から派生しているのよね? 私、あなたの話が聞きたいわ」
「私の話、ですか……」
本当に今日は鈍いわね。いつもはすぐに打てば響くのに。
彼の鈍さのせいで、フィリオーネの発言が増える。
「いつも話題は私が中心でしょう? もちろん、ライリーンとアスリーンの茶葉に関するお勉強はしたいのだけれど、せっかくのお茶会だもの、いつもとは違うお話もしたいわ」
いつもよりゆっくりと、そして分かるように瞬きをしながら語りかける。話を聞く気がある、その余裕があるのだと伝える為である。
普段のライアスであれば、気がつくはずだ。フィリオーネは彼の様子を探るように動いた。
「かしこまりました。私の話など特に面白いことはなさそうですが、それでもよろしければ」
「いいのよ、それで。でも、まずは丁度用意が終わったこのお茶のお話からね」
ライアスは朗らかな笑みを浮かべ、ティーカップを掲げた。どうやら、ライアスの頭は普段通りらしい。
「では、おいしいうちに」
だから、それは私の役割なんだってば。
フィリオーネは心の中で突っ込んだ。
ライリーンとアスリーンの話はとても面白かった。十年間熟成させないと飲めないライリーンと十年に一度しか咲かない花から作られるアスリーン。フィリオーネは、とてもそれがロマンティックであるように思えた。
ライリーンは薬草のようなもので、処理方法によっては薬にも毒にもなるそうだ。この成分を無効化させる為に十年間の熟成が必要なのだった。
その正反対で、アスリーンは熟成させると毒に変わるらしい。十年に一度しか咲かない貴重な花は、新鮮さが大切なようだ。
このどちらもエアフォルクブルク帝国に元々自生する植物である。ライアスはエアフォルクブルク帝国との縁が強いようだ。
フィリオーネは、つかず離れずの距離を保ちたい国ナンバーワンである帝国の香りを感じ、なんとなく落ち着かない気分になる。
エアフォルクブルク帝国と親しくなりすぎるのは、それはそれで問題になるわね。宰相職の続投をライアスに望むのならば、そのあたりの背後関係をしっかり確認しないといけないわ。
グライベリード王国の立ち位置をしっかりと考えることを忘れないフィリオーネは、間違いなく王としての器を持っていることを証明していた。
「ライアスは、その……茶葉になったりする前の植物を見たことはあって?」
これだけ珍しく、貴重なものである。自生している状態のそれを見る機会があるのだとしたら、それはかなり珍しい状況であると言えるだろう。
「いえ、まったく。でも、本でならありますよ。植物図鑑には載っていますから」
「あら、そうなの。興味あるわ。題名を教えてくださる?」
フィリオーネはライアスがアスリーンティーに口をつけるのを見ながら質問をする。彼は喉を潤した後、少しだけ考えるそぶりを見せてから口を開く。
「……確か“毒にも薬にもなる貴重な植物図鑑”でした。こちらはライリーンの説明が主で、アスリーンはついでにという感じですね。両方の説明がしっかり書かれているものであれば、植物図鑑としては変わり種ですが“お茶になれる不思議な植物図鑑”があります。
こちらは各国の珍しい茶葉が載っているので、殿下がお勉強されたら外交で役に立つこと間違いなしです」
少し怪しいと思ってしまうと、この説明ですら用意されたもののように感じてしまうわね。わざと溜めてから発言したようにも取れるもの。
フィリオーネは自分の思考に変なフィルターがかかってしまったような気持ちになった。ライアスは悪くない。フィリオーネの質問に真摯に答えてくれただけ……のはずである。
「ありがとう、後で調べてみるわ。ミハ、あなたも覚えておいてちょうだい」
「かしこまりました」
侍女の一人に声をかける。彼女は記憶力がいいからとても助かる。フィリオーネはミハの返事に小さく頷き、ライアスが用意してくれたアスリーンティーを口に含んだ。
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