第2話 ワクワクする姫とドキドキする宰相
ライアスとのお茶会、何を着ていこうかしら。フィリオーネは心の底からワクワクしていた。
「フィリオーネ姫、これは殿方とのデートみたいなものではありませんか?」
「そうかしら?」
コドリナの質問に、フィリオーネは桃色のドレスを見ながら否定する。
「だって、相手は期間限定の宰相で、私の先生よ? これはデートではないわ。お勉強会よ」
桃色のドレスを奥へやり、オレンジ色のものを手に取る。納得していなそうなコドリナの顔が視界の端に入りこんだ。経緯を説明しなければ、確かにそう勘違いしてしまうのも当然だろうと気づく。
フィリオーネはドレスを選びながらも、今回の経緯を説明することにた。
「――それで、一方的な搾取にならないように名義的に“お茶会”としているだけ。わかったかしら?」
「…………まぁ、フィリオーネ姫がそう仰るなら、そういうことにいたします」
フィリオーネは一通り説明したが、コドリナの表情は微妙だった。言い方も不満げである。
なんだか納得いっていない、という顔ね。何が引っかかっているのかしら。
コドリナの考えていることが分からない。フィリオーネは侍女の視線を気にしながらも、素知らぬふりでドレス選びを続けるのだった。
フィリオーネは散々迷った結果、淡い緑色のドレスにした。アスリーンがライアスの瞳の色だとすれば、それに合わせた色にするのが定石である。同系色にしようと考えていたフィリオーネだったが、結局中間色を選ぶことにした。
ライアスのワイン色に合わせるならば、濃い色の方が合う。しかし、今は夏。爽やかな色合いのドレスが定番である。フィリオーネの瞳の色を淡くしたような色彩にしたのだった。
古典的なコルセットを使うドレスは窮屈だが、華奢なフリルだけのドレスよりも豪華で威厳があるように見える。お茶会で――それも二人きりの――となると少々大袈裟にも見えるが、これはこれで意味がある。
このドレスは、男性一人では着付けが無理だものね。
王族、その嫡子としてフィリオーネは瑕疵のないように過ごす義務がある。たとえ、お茶会の相手が自分が女王になった暁に活躍してもらいたい相手だったとしても、変わらない。性別が違う限り、この対応は当然のことだった。
フランクに接するのと、王族としての振る舞いを維持することは両立できる。フィリオーネは、誰が見ても変な想像をすることのない、完璧な姿でお茶会に挑んだ。
お茶会に指定した場所は、フィリオーネのお気に入りの庭園であった。ここはフィリオーネが【祝福の雨】に降られていた場所である。中央にあるキオスクでお茶会をするのだ。
フィリオーネが到着すると、既にライアスが待っていた。ライアスはジュストコールにズボンという、普段より少しだけ華美な格好だ。その色はいつぞやの夜会の時のような夜闇色をしていて、彼の不思議な黒髪をまとめたワイン色のリボンと合っている。
この色の組み合わせが好きなのかしら。覚えておきましょう。
ファリオーネはファッションチェックを軽く済ませてから、あたかも今来ましたという風に声をかける。
「ごきげんよう、ライアス。お待たせしてしまったかしら?」
フィリオーネの声かけに顔を向けてきたライアスは、カーテシーをする彼女を柔和な笑みで出迎える。
「フィリオーネ殿下、本日はお声をかけていただき誠にありがとうございます」
「よろしくってよ。私があなたの持っているアスリーンを試飲したかったのだから」
ライアスは小さく笑い、手を差し出してくる。エスコートのお誘いである。少しの距離ではあるが、せっかくのお茶会だ。フィリオーネは彼の手のひらに手を添えた。
二人の着席を合図に、給仕が動き始める。フィリオーネは侍女を背後に二人待機させたまま、用意が整うのを待つ。
「それにしても、あなたが元気になってくれて嬉しいわ」
綺麗に頭を下げるライアスを見て、やはり所作が美しいとフィリオーネは思う。彼の精練された動きは完璧で、許されるならば拍手をしたいくらいだと彼の動きを見る度に思ってしまう。「その節は、大変ご配慮いただきありがとうございました」
この場でなら褒めても良いかしら。良いわよね。そうしましょう。
フィリオーネはアスリーンティーの抽出が終わるまでの待ち時間を有効活用することにした。
「突然だけれど、ライアス」
「なんでしょうか?」
「私、あなたの所作が素晴らしいと常々思っていたの」
「は…………」
少し唐突過ぎただろうか。フィリオーネは内心で首を傾げる。ライアスは中途半端に口を動かし、そのまま止まってしまっていた。
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