第4話 手放したくないお姫様、早く復帰したい宰相を甘やかす

 ライアスは不思議な男だ。この数ヶ月でフィリオーネは、彼のことをそう評価していた。打算で動いているかと疑った時もあったが、今はその考えを捨てていた。


「はやく元気におなりなさい。私の教育が後ろ倒しになっていてよ」

「……そうしたいのは山々ですけど、この環境が快適すぎて……少々暇なのが難ですが。そうだ、殿下。宰相としての仕事を少しずつ再開させていただいても?」

「却下に決まっているでしょう!」


 ベッドから起き上がれるようになったライアスに向けたフィリオーネの小言は、簡単にあしらわれてしまう。むしろ、言質を取られそうになる始末。フィリオーネはだめだと否定するも、彼が順調に快復へ向かっていることにほっとしていた。


「ははは、では、フィリオーネ姫のお勉強も後回しですね」

「私が勉強をねだるなんて、あなたにだけよ。ありがたいと思いなさいね」


 言い方が高圧的になってしまったが、ライアスは全く気にしていない。むしろ、フィリオーネのその態度に嬉しそうにしている。フィリオーネは彼のその喜ぶポイントがどうなっているのか知りたかった。


「看病もありがたいですよ。とてもね」

「そ、それは質問したくなったらすぐに聞けるからよ。あと、私が原因だもの……これくらい、当然のことよ」


 付け足された言葉に、フィリオーネはどきりとした。確かに自分の責任を感じているから、看病をしている。しかし、それだけが理由ではなかった。

 どうにも、この一件から彼が気になって仕方がないのである。ライアスと出会ってから、充実した日々を過ごしている。彼と出会わなければ勉強の楽しさは分からなかっただろうし、彼自身の存在がフィリオーネの世界に彩りを与えていた。

 彼の知識、考え方、立ち振る舞い、どれをとっても素晴らしい。フィリオーネにとって、理想の王子様のような人物だ。少しばかりフィリオーネには意地悪で、勉強に関してはストイックで、そしてこの国のことをとても大切に、真剣に考えてくれている。


 ずっとこうして一緒にいられたら、きっと私は良い女王になれるわ。


 フィリオーネはライアスがこのまま宰相を続けてくれればいいのに、と思っていた。残りの時間で彼を口説き落とさなければならない。

 フィリオーネは真剣だった。


「そんなに元気なら、もうご自分で食事もとれるのではなくて?」


 リゾットをすくったスプーンをライアスの口元へと運びながら半眼すれば、彼はそれを嬉しそうに口に含む。


「こんな貴重な機会、一生ありませんよ。フィリオーネ姫がお許しくださるなら、もう少しだけ、わたくしめにお恵みいただけませんか?」


 お恵み、とは大層ね。

 フィリオーネは思わず吹き出した。

「ふふっ、何よそれ……意味がわからないわ……ふふ、だめだわ、おもしろい……っ」

 そこまでへりくだった言い方をしなくても良いだろうに。フィリオーネはくすくすと笑う。


「フィリオーネ姫」

「なぁに?」

「私、残りのリゾットが食べたいです。お願いします。体調が良くなってきたので、けっこうお腹が空いてます」


 ライアスがあまりにも真剣な、キリッとした顔で言うものだから、フィリオーネは結局笑うことが我慢できなかった。

「……ぷふっ」

 慌てて口元を隠すが、もう遅い。


「――殿下、お行儀」

「はいっ!!」


 淡々としたライアスの声に、フィリオーネは反射的に笑いをやめ、背筋を伸ばして返事した。今度はその姿を見たライアスが笑いだす。


「はは、別に良いですよ。私には、普通に接してくださるのでしょう?」


 私には、と強調されたことが少し頭に引っかかったが、フィリオーネはこくこくと頷いた。彼が笑い、生き生きとした表情が見えるだけで、今はそれ以外どうでも良い気分だった。

 ぬるくなってしまったリゾットをすくい、ライアスへスプーンを向ける。


「……食事を再開するわ」

「フィリオーネ姫からの給餌、嬉しいですね。雛鳥になった気分です」


 ライアスは変なたとえを口にし、フィリオーネが差し出すリゾットをおいしそうに頬張った。噛み締めるように食事をする姿がフィリオーネの心を小さくくすぐってくる。


「わけのわからないことを言わないでちょうだい。もうっ……じゅうぶんに元気じゃないの」


 元気になって良かった。ほっとしている。そう付け足すことができず、フィリオーネが紡いだ言葉はただの憎まれ口になってしまう。しかしライアスは彼女の言葉の意味を理解しているのか、嬉しそうだ。


「殿下の優しさのおかげで、私も元気になってきました。ありがとうございます。

 では、お礼に今私が食しているリゾットの文化背景についてのお勉強を――んぐっ」

「あなた、自分にもスパルタすぎない!?」


 フィリオーネは話している最中のライアスの口へスプーンをつっこんだ。

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