第2話 反省する姫と心配する宰相
湯船に浸り、体も温まり、さすがに出たいとフィリオーネが思い始めた頃、ようやく侍女が現れた。
「お二人とも、殿下を頼みますよ」
「フィリオーネ様!」
「まあ、そんなお姿で!」
「二人とも、来てくれてありがとう。ライアスも、呼んできてくれてありがとう!」
コドリナとダチアだった。当然ながら、ライアスは声だけで姿は見えない。ついでのように礼を言えば「あなたのことが最優先ですから」と素っ気ない声が返ってきた。
バスルームに入ってこれない人間と会話するのは難しい。フィリオーネはここから脱出することだけを考えることにした。
「着替えは持ってきております。まずは今のお召し物を脱ぐところから――」
「もうじゅうぶん温まったから、着替えだけで良いわ」
「かしこまりました」
さばりと音を立てて立ち上がり、侍女がドレスを脱がしやすいようにする。今日はコルセットを使ったドレスだった。雨に降られるならは、もう少し軽装で臨みたかったが、【祝福の雨】が降るタイミングは誰にも分からない。
外へ出る前に着替えておけば良かったと後悔する一方で、着替えていたら誤解を生む事態になりかねなかったとも思う。いずれにしろ迷惑をかけるのならば、こちらの方がましだろう。
「それにしても、フィリオーネ様……どうしてこのようなことに?」
コドリナの問いに、フィリオーネは苦笑する。
「【祝福の雨】を浴びていたらライアスが探しに来て、こうなったの」
「またですか……」
ダチアが盛大なため息をこぼす。確かにフィリオーネは毎年同じようなことをしている。ダチアはするするとフィリオーネの胸当てとガウンを留めていたピンを外し、袖から腕が抜けるようにしてくれた。濡れているせいで脱きにくい。
ダチアが胸当てを外す間に脱いでしまいたかったができなかった。結局、彼女に服袖の端をぐっと掴んでもらい、どうにか腕を引き抜いた。
「迂闊、としか言いようがありません」
「だって、彼が来るなんて」
ダチアの小言にフィリオーネは言い訳をしようとした。一番重いドレスが浴槽に沈む。重りがなくなり楽になったが、べったりと張り付いた下着が気持ち悪い。
「お勉強の約束をなさっていたではありませんか。きっと、約束を破ったことのないフィリオーネ様の姿が見あたらず、相当心配されたと思いますよ」
ダチアとポジションを入れ替えたコドリナが下着を固定し、体型を補正しているコルセットの紐に苦戦し、無理矢理紐を引っ張りながら言う。
「それは……そうかもしれないわね」
コドリナの言うことはもっともだ。フィリオーネは今までライアスとの約束を一度も破ったことがない。ライアスが破るときは必ず、事前に連絡を入れていたし、それを考えるとフィリオーネもそれをするべきだった。
しかし、フィリオーネは今回【祝福の雨】に気づくなり衝動的に外に飛び出してしまった。ライアスとの約束は全く頭の中に残っていなかった。
「あの方、私たちを探すのに走り回ってくださったみたいで息を切らしてました。」
「あの方自身もすぶ濡れだったのに……」
待女二人がフィリオーネの言葉を待たすに言葉を重ねていく。
「アルバストウル宰相に謝罪すべきです。今回はフィリオーネ様が完全に悪いです」
もちろん、彼に謝るつもりよ。
フィリオーネは心の中で二人に返事をした。ようやく紐がほどけたコルセットが、ぽちゃんと音を立てて浴槽に落ちる。窮屈な補正具から解放されて反射的に息を吐くと、侍女二人が不満そうにフィリオーネを見つめた。
「今回は私が完全に悪い……その通りよ。今、どのようにして謝罪するのが最適なのか考えているところなの。どうしたら良いかしら」
質問を投げつけられた待女は顔を見合わせる。
まあ、いいわ。時間ならあと少しあるもの。
彼女たちからの返事を待たず、フィリオーネは背を向けて下着を脱がしてもらう。
これで完全に自由だ。湯に沈むドレスをまたき、ようやく浴槽から出るのだった。
ダチアが水没した衣装を拾い上げる間にコドリナがフィリオーネの体を拭く。フィリオーネはコドリナが巻き付けたタオルに髪の水気を吸わせつつ――髪を結い直す余裕はないから、押さえつけるだけだったが――ライアスへの謝罪について考えを巡らせていた。
簡単な謝罪で良いと思うのだけど、反省しているということが伝わらないとだめよね。
言葉で謝罪した後に品を用意するのも考えたが、ライアスの性格からすると逆効果そうだ。となると、やはりしっかりとした謝罪の言葉が必要だ。
フィリオーネはいろいろと考えた結果、シンプルに悪かったと伝える事にするのだった。
すっかり身支度を整えたフィリオーネがバスルームから侍女を引き連れ出てくると、濡れた髪を乾かしながらフィリオーネの戻りを待つライアスの姿があった。
さすがに着替えは済ませているが、髪を解いた彼の姿は新鮮だった。
「ライアス、ありがとう。助かったわ」
「殿下。まったく、お風邪を召したらいかがなさるつもりか」
古くさい言い回しをしてくることから、ずいぶんと彼がこの件に不満を持っているのだと感じ取れる。フィリオーネはひたすら謝罪するべく口を開いた。
「私が悪かったわ。【祝福の雨】が嬉しくって、ついあなたとの約束を忘れて外に飛び出してしまったの」
「心配しました」
「真剣に探し回ってくれたのよね」
「もちろんです」
フィリオーネは端的に返事をする彼に歩み寄る。そしてばっとタオルを奪い、彼の髪へそれをあてた。
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