閑話2 悩み続ける宰相殿
フィリオーネ姫はおそろしい方だ。
ライアスは机に向けて盛大なため息を吐く。かの姫はしっかりしているかと思えば、うっかりしている。その気分のままからかえば、平気で人を口説いてくる。
普段のフィリオーネはしっかり者の仮面を被っている。それを崩すのが楽しい。
今月は飼い慣らされるわけにはいかないと、意味のわからないことを主張してぷりぷりとしてきた。可愛らしかった。勉強を頑張るご褒美として使う予定だったケーキを与えて事なきを得たが、レーヴェンを前にした彼女の目の輝きは、思わずにやけてしまいそうだった。
本当に好きな菓子らしい。あそこまで喜ばれてしまうとは思いもよらなかった。
だが、それ以上に驚いたのは、フィリオーネが自分のわがままが他国にバレてしまっているのではないかと不安を叫び、そして動揺しつつも入手方法を確認してきたことだ。
レーヴェンが特別な菓子であることを知っており、また、それを手に入れるということの意味を理解しているからこその動揺である。ライアスは、フィリオーネの「王女としての気品を保ちたい」という考え方もここまでくると少し滑稽だなと思った。
だが、彼女はそれだけで終わりはしなかった。どのようにしてフィリオーネの密かな夢を実現したのか、ライアスから聞き出そうとしたのである。
第二皇子であるライアスからすれば簡単な話であったが、アルバストゥル家の人間としてこの場にいる以上、その話はできない。
故に苦し紛れの奮闘を伝えることとなった。だが、フィリオーネはその無茶な話に納得し、尊敬の眼差しで見つめてきた。
フィリオーネの「あなた、本当にすごいわね」という発言に、当然ですと返事をするだけで、かなりのエネルギーを消耗するのだった。
フィリオーネの機嫌を取りつつ、女王になるべく指導する。優秀な生徒であり、未来の為政者として好感の持てる人物である彼女の教育は、とても毎日が楽しかった。そんな彼女のファーストダンスをエスコートできる貴重な機会に恵まれたライアスは、いつもより気合いが入っていた。
薄紫のドレスを身にまとったフィリオーネは花姫に相応しく、花の精だと言われれば納得してしまいそうだ。つんとした尖りぎみの鼻が可愛らしく、いたずらにつまんでみたくなる。
うっすらと化粧を施した頬は血色がよく、また小さめの唇がライアスへ暴言を吐くのだと思えば、見ているだけでも愉快な気分になる。
ライアスは、珍しく気分を高揚させていた。己の腕にそっと添えられた彼女の手は羽根のようで、フィリオーネの歩く速度に合わせられているか不安になる。少しでも合わせられていなければ文句を言われていたはずだから、きっと及第点だったのだと思いたい。
そんな中、フィリオーネが転倒しかけるものだからライアスの心は穏やかではなかった。咄嗟に掴んだ手首は細いし、抱き寄せた腰も細い。少しでも力加減を間違えたら損ねてしまうのではないかと不安になるレベルで驚いた。
その後、憎たらしく小言を言うかと思えば素直に礼を言ってくるものだから、照れずにはいれない。機転をきかせて笑うふりをしてやり過ごしたが、本当はぎゅっと抱き締めてしまいたかった。
ファーストダンスも素晴らしかった。エスコートするからには、と意気込んで練習した甲斐があったというものだ。軽やかなステップを踏むフィリオーネは愛らしく、その動きを少しでも乱さないように細心の注意を払った。ダンスの間、彼女は始終機嫌が良く、くすくすと笑う彼女の吐息が肩にかかる度に足さばきを間違えてしまいそうだった。
ライアスはフィリオーネの虜になっていることを、認めざるを得なかった。こんな短期間で、とライアス自身不思議に思うが、今さら自分の気持ちはどうにもできない。
自覚をした今、これから自分はどうするべきか。ライアスはなるべく早めに答えを出さなくてはならないことだけは確かだった。
機嫌の良いフィリオーネは、ひたすらライアスを褒める。気に入っている相手に褒められて、悪い気はしない。だが、彼女に「最高」と言われた瞬間は、今にでも彼女から離れたいくらい動揺した。その上、「飼い慣らされてもいい」と言い出すのだから、困る。ライアスは表面上平静を保つだけでいっぱいいっぱいだった。
ここ一ヶ月の出来事を反芻し、ライアスは再びため息を吐く。婿入り先を探しに来たのに、ある意味一番やっかいな相手を気に入ってしまった。
彼女を立派な女王へと育てる手をゆるめる気はないが、婿入り先を探す件も本腰を入れないといけない。だが、フィリオーネ以外の女性は今のところピンとこないのが現実だ。
愛らしいフィリオーネ。
彼女が次期女王でなければ、一目散に攻め込んだのに。自分がエアフォルクブルク帝国の第二皇子でなければ、簡単な話なのに。中途半端な立ち位置にいるせいで、本気になるには勇気と覚悟がいる。早めに兄に相談するべきか悩むところだが、人生に関わることだ。あと少しだけ、悩んでいたい。
だめだ、兄に報告できることがない。先月に引き続き、インクのシミで便箋を無駄にするライアスであった。
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