第4話 グライベリードの花姫、宰相と優雅に踊る

 不思議な状態のライアスにフィリオーネが首を傾げてみせると、彼は顔を逸らして吹き出した。

 え! どういうこと!?

 ライアスの片手を拘束したまま、フィリオーネは呆然と彼の姿を見つめる。ライアスは、どこからどう見ても笑いをこらえるのに失敗しているようにしか見えない。


「……ふふ、あの驚いた顔っ! 誰にも見せられないですよ、あれは!」

「ライアス……?」


 助けてもらっておいて、文句を言うのも難しい。目を白黒させるフィリオーネの様子がさらにライアスの笑いを誘う。


「フィリオーネ姫、ふふ……だめですよ……王族ともあろう者が、そんな……おまぬけな……いえ、それくらいの方が可愛らしくてよろしい……ふふっ」

「ライアス! そ、それは失礼ではなくて!?」


 さすがにライアスが笑い続ける状況に耐え続けられなくなったフィリオーネは小さく叫んだ。大きく叫ぶと衛兵が飛んできてしまうのだから仕方がない。小さな声かけでは無駄で、フィリオーネは失礼を承知で彼のマントをぐっと掴んだ。


「姫、だめですよ。そんなはしたない」

「誰がそうさせてるのよ!」


 マントを引き寄せてライアスをゆすろうとするフィリオーネに、ようやく彼は笑いをやめた。すうっと笑いを収めて普段通りの微笑みに戻った彼は、破顔していたことなどなかったかのように振舞った。


「殿下、もうお遊びのお時間は終わりです。そろそろ移動しないと間に合わなくなってしまいます」

「やっぱり私、あなたが苦手だわっ」


 姿勢を良くし、肘を曲げてフィリオーネに手を添えるよう視線で指示した男に、フィリオーネは従順に動きながらも小声で文句を言うのだった。




 夜会は優雅そうに見えるが、フィリオーネにとっては戦場のようなものだ。社交の場では、男女関係なく情報戦が繰り広げられる。王女たるフィリオーネも、その例外ではない。

 むしろ王族だからこそ、いっそう気をつけなければなないのである。


「今夜はあなたが主役なのだから、しっかり頑張ってちょうだいね」

「分かっておりますよ、殿下。だから、殿下のファーストダンスのお相手にしていただけているのでしょう?」

「その通りよ」


 フィリオーネはライアスとワルツを踊りながら周囲の様子を観察していた。フィリオーネは夜会に出ると、必ずその夜会の主役とファーストダンスを踊る。そして、何人かの貴族と踊る。踊る相手は事前に決められていることが多い。今回はライアスのあとに三人ほどと踊る予定があった。

 その三人は大臣の子息である。いつもの顔ぶれではあるが、今回はライアスの宰相としてのお披露目の為の人選と言えるだろう。


 ライアスとのダンスは、非常に楽だった。随分とエスコートに慣れている。振り回されるような感覚や、タイミングを合わせなければと足さばきを気にする必要もない。とても自然に体が動く。彼とならば、ずっと踊っていられそうだ。


「とてもエスコートが上手だわ」

「ありがとうございます。努力した甲斐がありました」


 努力をしたとは感じさせない言い方がにくたらしい。フィリオーネは小さく笑った。


「相当練習したのでしょうね。周囲を確認してごらんなさい。ご令嬢方も惚れ惚れとしてこちらを見ているわよ」

「どうせ、物珍しいだけです」


 会議に参加していない人間たちは若い宰相に訝しげな視線を送っていたが、誰にも劣らぬ立ち振る舞いを見て考えを改めたように見える。特に、令嬢の視線の変わりようにはフィリオーネも驚いた。

 おそらく“将来が安泰”とでも思ったのだろう。彼女たちは熱い視線を送ってきている。ダンスだけの関係とは言え、王女のパートナーをそういう視線で見ることは、あまり褒められたものではない。

 あとでこっそりとご両親に教えてあげなければならない。フィリオーネは淑女としてふさわしくない行動をする令嬢をチェックした。


「殿下は私を見てくださらないですね。私以上に素敵な殿方でも見つけましたか?」

「え?」


 ライアスとのダンスよりも令嬢チェックに勤しんでしまったフィリオーネは、その苦言を耳に入れて視線を戻す。ライアスは唇の片端を上げにやりと笑う。

 からかわれた。と、思うものの視線を逸らせば、その言葉に同意したも同然である。フィリオーネは彼に挑むような気持ちで見つめ返す。


「あなたが私の最高よ。ライアス」

「殿下」

「他の追随を許さないくらいにね」


 眉の位置はそのままに、すうっと目を細めてにっこりと笑む。この笑みは武器だ。たいていの男性は鼻の下を伸ばす。だが、やはりライアスはこの笑顔を見ても目を丸くするだけで、他の人とは違った。


「ええ、ええ。本当に素敵。あなたになら、飼い慣らされてあげてもよくってよ」


 フィリオーネはそう冗談交じりに言いながら、満足気に頷くのだった。

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