第4話 日々が楽しいお姫様、差し入れを思いつく

 ――出会ってから一ヶ月が経とうとしている。フィリオーネは、今までになく勉強し、自然体でいることが増えた。


「フィリオーネ様、最近はとても楽しそうです」


 侍女からもそう言われ、フィリオーネの勘違いではないのだと実感することもしばしば。

 楽しい。確かにそうね。

 フィリオーネは侍女に指摘されるたびに微笑みで応える。次期女王としての器を疑われないように、と花姫フィリオーネとして“見てもらえる”ように努力してきた。それは中身のあるものではなく、ただのハリボテ。見せかけの、子供だましのようなものだ。

 それでも大半の貴族を転がしているのだから、及第点ではあるのだろう。だが、それだけである。


「私、充実しているの」


 そう、フィリオーネは今、勉強が楽しくい。その楽しさには、フィリオーネから自然体を引き出すライアスの存在が欠かせなくなっていた。




「フィリオーネ様、アルバストゥル宰相から伝言を承っております」

「どうぞ」

 どうやら残念なお知らせのようだ。伝言役となっている宰相の秘書の表情から分かる。フィリオーネは軽く頷いて言葉を促す。


「会議の延長にて、本日のお勉強会は中止にしたいとのことです」

「分かりました。明日のお越しをお待ちしておりますと伝えてちょうだい」


 残念だが、仕方がない。一年という制限された期間の中、改革を進めようとしているのだと父王から聞いていたフィリオーネは、努めて笑顔で返事を伝える。フィリオーネが嫌な顔をしなくてほっとしたのか、秘書の表情が明らかにゆるむ。その表情変化をかわいらしく思いながら、フィリオーネは彼を見送った。

 さて、この空いてしまった時間、どうしたものか。フィリオーネは何となしにテーブルに視線を向けた。ライアスとの約束に向け、茶菓子を用意させていたのだったか。


 目に入ってきた甘いお菓子に、フィリオーネは小さなため息を吐く。

 これ、無駄になってしまうわね……。あ、そうだわ、差し入れにしましょう!

 会議が延長になっているということは、精神的な疲れも溜まっていることだろう。軽くつまめるものがあれば、少しはましになるかもしれない。


「コドリナ、会議場へ差し入れをするわ」

「かしこまりました」


 近くに控えている侍女に声をかけたフィリオーネは、そのまま立ち上がる。


「たまには、手ずから差し入れをしても良いかと思ったの。まずは着替えを。悪いけれど、ダチアを呼んできてくれる?

 それから、私が着替えている間に菓子の支度をしてちょうだい。菓子は、そこにあるものと同じで良いわ。もし数が足りなければ、コドリナが適当に見繕うこと。あなたのセンスを信用しますからね」

「お任せください」


 フィリオーネとの約束を中止にするくらいである。フィリオーネが念入りに着替えたとしても終わらないだろう。

「さあ、さっそく動くわよ」

 会議場へ踏み込んでも恥ずかしくない装いにすべく、フィリオーネは衣装部屋へと足を向けた。




 ドレスの上にローブを羽織ったフィリオーネは、侍女に菓子を持たせて会議場へと訪れた。事前に先触れを出しておいた為、会議場の出入り口を守る騎士が小さく頭を下げる。

 フィリオーネは剣の柄も同時に下げた礼儀正しい騎士に向けて会釈をした。

 騎士がゆっくりと扉を開ける。会議場は劇場のような形になっている。一般議員席側――観客席側に相当する――の扉から入ったフィリオーネは、全体を見回した。観客席のように整列した座席に座る議員の後頭部が綺麗に並んでいる。滅多に見ることのない光景に、フィリオーネは唾を飲み込んだ。


 舞台に相当する議長席や各種大臣の席などは大きく三段になっており、その高さはそれぞれ短い階段を上ることになる。ライアスがいるのは、その議長席の方である。一通り議席を確認したフィリオーネが議長席へと目を向ければ、フィリオーネの到着にいち早く気がついたらしいライアスと視線が交わった。

 何かと素晴らしい臨時の宰相殿は、フィリオーネにしか分からないのではないかと思うように目礼をしてきた。フィリオーネは小さく会釈を返し、議席の通路に踏み出した。

 フィリオーネに気がついた議員のざわめきが広がる中、その中心を歩く。指先の小さな動きすら制御する気持ちで堂々とライアスの席へと向かう。

 階段付近まで辿り着くと、階段の下でライアスが待っていた。


「ごきげんよう、アルバストゥル宰相」

「殿下、わざわざご配慮いただき感謝いたします」


 ライアスは略式の挨拶をして敬意を表した。滑らかな動きはやはり完璧で、思わず拍手をして褒めてしまいそうだった。


「会議が長引いていると耳にしました。よろしければ、気分転換にお召し上がりになって」


 会議場内にどよめきが伝わる。確かに珍しいだろうが、そんなに驚くことだろうかとフィリオーネは訝しむ。しかし、ライアスが「ありがたく頂戴いたします」と答えてコドリナが持っている菓子を受け取るものだから、その考えはすぐにどこかへ飛んでいってしまうのだった。

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