第3話 お茶会もお勉強の時間
しばらく語っていたフィリオーネは、ふとライアスの態度が気になった。
あら、ちょっとお喋りが過ぎたわね。
彼女はこほんと咳払いをして取り繕った。
「そういうわけなの。だから、よろしくって?」
何がそういうわけなのか、もはや分からなくなっている。が、もはや後の祭りである。しっとりと汗ばんだ手のひらをこすり合わせ、ぎゅっと握って自分の興奮の跡を隠す。
「……ライアス?」
ライアスはいつの間にか顔を伏せてしまっていた。怪訝そうな声をかければ、彼の肩が震える。
やはり、唐突に語りすぎたのだわ。きっと、殿下として相応しくない態度に動揺しているのね。
フィリオーネは、小さく左右に首を振る宰相へ手を伸ばそうとした。
「姫」
伸ばしかけた手がびくりと震えた。自分が女王に相応しいのかと問いかけてきた男である。今度こそ、問いかけではなく苦言を呈するのかもしれない。
言われたそばからふさわしくない言動をしてしまった自覚のあるフィリオーネは身構える。
「失礼を承知で……」
「なぁに?」
緊張を覚られないよう、フィリオーネは努めてふんわりとした返事をした。
「そっちの方が私は好きですよ。はは……いや、騙されました……ふふ、ははっ」
「な……っ!」
失礼、無礼、そんな言葉よりも驚きの方が大きかった。ライアスは肩を震わせ、大笑いしそうになるのを耐えているようだ。フィリオーネは呆気に取られた。
こんな風に笑う方だったのね。
ライアスは笑うと華がある。ワイン色の目が細められ、薄らと眉間にしわがよる。しかしそれは彼を神経質に見せる要素にはならなかった。額が少し見えるようにと整えられた前髪がゆらりと揺れ、彼の動きに表情をつける。
見ていて飽きないかもしれないわ。
彼の笑いが落ち着くのを待っている間に冷静さを取り戻したフィリオーネは、ライアスに対してそんな感想を抱くのだった。
フィリオーネが早口で語ってしまって以来、ライアスの態度はかなり柔らかくなった。彼は自然な表情――しかし仮面であることはすでに予想がついている――をやめた。
笑顔には違いないが、今までとは違い感情が乗っている。少なくとも、今のライアスの方が好ましい。
「ライアス、そろそろ休憩にしたいわ」
「姫、何をおっしゃいますか。まだ始まったばかりですよ。あぁ、でもちょうどいいですね。文化を学ぶとしましょう」
手を替え品を替え、フィリオーネを育てようとする。ライアスのその手腕は議会でも評判だが、フィリオーネの教育にもじゅうぶん発揮されていた。彼の言う休憩は、休憩ではない。しかし、勉強詰めよりはましだった。
この新しい宰相は会議にもしっかり参加し、国の運営を精力的に行い、隙間時間は全てフィリオーネの教育に充ててくる。
ライアスったら、会議とかでいない間用に宿題まで用意しているんだもの。いつ休んでいるのか分かったものではないわ。
フィリオーネの自由時間の半分程度はライアスから出された宿題で消費される。そして残った自由時間の中で行儀作法の確認などが入る。つまり彼女もライアス同様、自由時間がほとんどないことになる。
フィリオーネが休憩と言う名の勉強の方がましだと考えるのも当然だった。
「今日の飲み物は、姫もご存知でしょう。香りからすでにお察しかもしれませんが、こちらはアントネスク家が所有している土地の銘品です」
「アントネスク家は花の名所で……いえ、この国のあちこちが同じように花の名所だから説明しにくいわね。エミルという、勝利の名を冠する少々派手な花の名産地よ。
名前の通り、華やかな香りにその見た目が特徴で花を乾燥させて抽出したお茶を作っている……これはその、エミルティーね?」
「その通りです」
ライアスは優雅な仕草でカップを傾ける。地位の低い者から口をつける作法に則り、先に飲み物を口に含んだ彼の姿を確認し、フィリオーネもカップを手に取った。
それにしても、である。ライアスの作法は、礼儀作法に厳しい目を持っているという自信のあるフィリオーネの目から見ても完璧である。
いったいこれだけの教養、どこで身につけてきたのかしら?
王族たるフィリオーネに礼儀作法を仕込んでいるのは、同じ王族である公爵家の人間だ。その公爵家と同等の教育力のある人間、ぜひとも気になるところだった。
「姫」
「なぁに?」
フィリオーネが首を傾げると、ライアスはふわりと笑んだ。
「エミルのお話をしましょうか」
「アントネスク家のお話ではなくて?」
「最終的にはそうなります」
なるほど、それで文化の勉強か。フィリオーネは得心する。話は長くなりそうだ。エミルティーが冷める前に飲むように伝えた方が良いだろう。
茶会の時の進行役は地位の高い者がする。作法に則り、フィリオーネは提案をしようとした。
「まずはおいしいうちに、味わってくださいね」
ライアスが茶菓子を一つ手に取り言葉を発した。しかしこれは普通、高位の者が茶菓子の乗せられた皿を手に取り、下位の者へと進めながら言うセリフである。彼は、自分の方が地位が低いとして茶菓子を手に取り、高位の者としての進行役を代わりに行った。
確信犯である。
「あら、それは私の発言だわ」
本当に面白いわ。ユーモアというか、柔軟な思考力から生まれる行動だもの。ただの真面目一辺倒ではこうはならないわね。
フィリオーネは彼とのやり取りを心から楽しいと思った。
「それは失礼」
「特別に許してさしあげる。私より下位の者である自覚がおありなようだから」
悪びれずに謝ってくるらいに向けていたずらっ子のような笑みを浮かべながら、フィリオーネは彼の無礼を許すのだった。
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